直線上に配置

木の下隠り :其の四

 有無をいわせぬ丁寧さでもって、奈落の手に敏感な足の裏から指のすみずみにまでそれをすりこまれ、殺生丸は喘いだ。やがて太股の内側へと奈落が手を伸ばしたとき、殺生丸はほとんど失神寸前になっていた。探られる感触とあくまで冷たく氷のような手ざわりが時折意識を引き戻し、無理やり閉ざされた目隠しの裏で光がチラチラした。そこにふれるとき、奈落の手は決してセクシュアルな感触は感じさせなかった。それはただ無慈悲に冷酷に、機械的な手つきで何かを塗りこめることに専念しており、その無機質を扱うような扱われ方がむしろ今の殺生丸の官能をいっそうかきたてるであろうことも奈落は知っているのだった。

(奈落・・・・)

(おとなしく噛まされたままでいればよかったものを。だがもう遅い)

 肌近く感じる気配がふいに離れたと思うと、手足に何かぬめる細長いものが巻きつき、次の瞬間みずから閉ざしたはずの唇から声にならぬ悲鳴がほとばしった。

 奈落が殺生丸の口をふさいだのは、確かに一種の思いやりからであったに違いない。突如として巻きついた何かは問題ではなかった。ほとんど気絶しそうなまでに全身を責めたてるのは、明らかに何か別の生き物の舌めいたもの―――あやしく肌を這い回るそれは、確かに同族たる犬のそれに似ていた。

 さらさらと鱗めいたものがこすれる音がする。犬の頭を持つ蛇に似た妖怪が数匹、投げ出された殺生丸の絹の肌にからみつき、その舌がいっせいに動いて、うなじに、耳に、玉を刻んだようななめらかな手足に、その足の裏、そしてどんなに身を揉んでもなお隠しきれぬサンゴ色の乳首ともう一つの場所とに塗りこまれたそれをゆっくりと舐めはじめていたのだった。

 欲情は突然抵抗できぬ高みにまでかきたてられていた。そのときでもなお逆らおうと思えば逆らうことは殺生丸の力なら決してできぬことではなかったに違いない。だがこの瞬間にも己が心の裡を吹き荒れるあらゆる不慣れな感情をいっときなりとも完全に押し殺し、圧倒してのけるだけの強烈さは今はこれ以外得られもせず、また期待もできなかった。

 色情に溺れて理性を蹴ることは妖怪の冷静な心にはできなかった。それがために殺生丸がようやく強いられ始めた残忍な愛撫はいっそうあからさまに拷問めいていた。奈落の優しい声音が遠くでささやくのが聞こえる。

(わしがどんなにか貴方をうらやみ、傾倒し、思い焦がれて焦がれて焦がれ抜いてきたか、貴方にはわかるまい。純粋な妖怪の貴方、瑕一つない珠玉のような完全無欠の大妖怪の血を引く真の妖怪たるあなたには)

(ああ、殺生丸さま、誇りたかい貴方がわしをクズ妖怪の寄せ集めと見下げることは許そう。わしを殺そうとつけねらうことも許そう。人間の小娘なぞに惹かれることも、あの忌々しい半妖犬夜叉の兄であることすら許せるが、ただ一つ、あなたが人間のように考え、振舞うことだけは許せぬ)

 全身は熱病にかかったように痙攣していた。自分でもその震えを止めることはできなかった。奈落の声が切れ切れに耳に届く。だしぬけに与えられた極度の刺激は狂気と紙一重のところまで殺生丸を駆り立て、こうしたことには未熟な硬い肉体を、これ以上責められたら死ぬと思えるような地点まで責め抜いてはそのまさに一歩手前でひきとめることを繰り返していた。

 あえぎ声はまるで殺生丸の意志とは別のところから出てきているかのようで、ほんのわずかの息継ぎに止めようと思う間もなく、次の責め苦が甘く残酷に体の芯から快感を絞り出してくる。若い肢体は繊細な局部のすみずみを同時に舐め尽くされて、狂ったように身悶えした。

(あ・・あ・・・あ・・・・ああ・・・・)

 ふさがれた目と香煙の匂いに麻痺させられた鼻で周りのことはまったく何もわからぬ状態だった。ただ己が肌の上を同族の舌になぶられるというこのおぞましく快美な感覚が、いまの自分が、憎むべき敵たる奈落の前に体をひらかされ、裸をさらされて、無理強いされた悦楽に耐え切れぬ声をあげるという、これ以上ないほどな屈辱を受けさせられていることを教えていた。

(あ・・・あ・・・)

(殺生丸さま)

(口を・・口を、ふさぎ・・・・声が・・・・)

(お声が、止められぬと? ふふ、だから言わぬことではないと申したではありませぬか)

(奈落・・・・・・・・あ・・・ああ)

 ついに耐え切れず限界に達した殺生丸の体から、妖犬たちの体が離れてゆく。ゆるめられた触手から手足を無理やり引き抜いて、息も絶え絶えに白い体が横に倒れこむ、その肌の火照りも未だやまぬうちに、もう奈落の次の腕が背中からその体を抱え込むのだった。

 殺生丸が首をふって、その腕の中からもがきぬいて出ようとする。気息は奄奄としてあらがう力も残っておらぬ。長い銀髪が絹の波のようにもつれて落ち、殺生丸の顔を隠した。その髪を奈落の手がつかんで後ろにひきずりあげる。強引にのけぞらされた姿勢が苦しくて、宙を泳いだ手が乱暴に後ろにまわされ、奈落の手が想像を絶するみだらさで初めてその胸の上を愛撫しはじめたとき、殺生丸はついに気を失った。





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