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風の音にぞ  其の一

・・・・どうやら、犬の小せがれめの申し出は信じてよいようですな」
「ほう」
 あやしいひそひそ声が響く。山がつのひそむ山荘の片隅で、古怪な会話がかわされていた。

「殺生丸は、本気で父を裏切る気か」
「我ら化け犬めの館に忍び入りたる下忍どもがつぶさに見聞きしてまいりましたところ、我ら妖忍への対応で、犬の大将は本気であの息子に腹を立てているようす、一度ならず手ひどい折檻とてもあり、その非情さはなかなかのものであるとか」

「あの年月経た化け犬が、優しいの温かのとくだらぬことを云われていても、しょせんは妖怪よな。親子といえども血を見て争うか」
「は、息子殺生丸は父の手ひどい仕打ちに会うていたく苦しみ、罠へ父を誘い出さんとの我らの誘いに簡単にのってきたようで」
「ふうむ、しかし一度や二度の折檻くらいで一族を裏切り、父を売って寝返るというのもちと眉唾だが」
「いえ、それが、ただの折檻ではございませんで」
「なに」
「一度や二度の仕置きではなびかぬとみて、犬の大将め、せがれを雑兵どもの慰みに」
「・・・なんと」
「いえ、ほんの三人ばかりを相手にさせたのでございましたが、たまたまその三人のうちに忍ばせた我ら手のもの二人が混ざっておりましたので間違いございませぬ」
「ううむ」
「あとくされなきよう、まだ息子のことをよく知らぬ新しい下郎のうちから選んだようで、うち一人は御曹司によう手をかけぬと尻込みして、その場で大将に」
「片付けられたか」
「ま、そういうことで。我が手のものは恐れをなした態をよそおって、それに加わり申したそうで、息子の許しを乞う悲鳴にも、化け犬めはいっかな耳を貸さなんだと申します。いかに逆らうものは許せぬとはいえ、溺愛していたはずの息子にあの仕打ち、さすが大妖怪のなすことは凄まじきもので」
「そんなに酷いとか」
「それはもう、手足を縛めて天井から吊るさせ、前後からいたぶらせるという凄さで、あの怜悧で気性激しいと聞く息子が泣いてやめてくれるよう訴えたそうでございますから」
「ふむ、なるほど・・・」
「おのが息子にたわむれにそこまでの仕打ちをするとも思えませぬ。犬のせがれの申し出も、まんざら嘘ではなかろうかと」
「・・・確かに」

 妖忍どもの頭はうなずいた。

「殺生丸の寝返りがまこととすれば、これこそかの犬の大将めを仕留める絶好の機会よ。目ざわりな化け犬を片付けて我ら妖忍一族の勢力を伸ばすため、この好機逸すべからずじゃ」
「では」
「妖忍どもをかり集めよ。罠にはめるとはいえ、化け犬めは年月を経た大妖怪、一筋縄では行くまい。できる限りの人手を集めるが肝要だ。そちは犬の息子とわたりをつけよ。必ず彼奴をしとめるのだ」
「かしこまりました」
「・・化け犬の一人息子の美貌は夙に聞こえておる。ふん、下忍どもめ、役得だったな」

 頭は口の端をゆがめた。相手も忍び笑いした。

「肌は雪のごとく、髪は絹のごとく、抱き心地のほうもまことに絶妙で、寿命の延びる心地がしたとぬかしておりましたが」
「ふふ、ほざきおる」
「無事ことが済めば、頭もお味見を」
「とゆけばよいがな。まあ後のことだ。ゆけ」
「は」











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