犬夜叉は阿吽の背にまたがり、気を失っている殺生丸の体を横抱きに抱え、もの凄い速さで空中を疾走していた。背中にしがみつくりんが殺生丸の名を呼び続けている。
「犬夜叉、犬夜叉、待ちなさいってば」
「どこへ行くつもりなの、犬夜叉ーッ」
雲母の背に乗った仲間たちが後を追う。阿吽の尻尾にしがみついた邪見が上下に振り回されているのが見える。
「決まってら、どっかこいつの手当てをできるところだろうが!」
「行くといって、いったいどこへ行くんじゃ」
「楓ばあちゃんのところは?」
「ばか云え、モノホンの妖怪を巫女んとこなんぞ連れていけるか」
「刀々斎のおじいちゃんとこ」
「じじいが卒中起こして死んじまわあ。第一あそこには人間は入れねえ」
「退治屋の里の跡なら・・・」
「いや、珊瑚、あそこではかえって他の妖怪どもを引き寄せるおそれがある。ふーむ、
夢心和尚のところも危険すぎるな」
「あとは地念児さんの畑か、紫織ちゃんのいた村・・」
「人間のいるところはダメだ。くそっ、どっかほかに行くあてはねえのか、おい邪見っ」
「当てなど持っとらんわっ」
「けっ、殺生丸め、いざというときの寝ぐらも用意してねーのかよッ」
「黙れ、殺生丸さまにそんなもの必要ないわい」
「やかましい、現に今、入り用になってるじゃねえか、邪見、こういうときに主人に
代わって用意しとくのが家来のてめえの役目ってもんだろうが、この能なしの役立たず
のカッパ野郎!」
「な、何じゃとーッ」
「犬夜叉、落ち着け」
弥勒が声をかけた。
「殺生丸は本物の真の妖怪だ。たとえどれほど霊気にやられていようと、爆流破をかすっ
たくらいでそう簡単に死にはせん」
「ハッ、誰がそんなこと心配してる、おれはただこの腕の中のお荷物をとっとと下ろしち
まいたいだけだ」
「だったらそうあせるな」
乱暴な口調と裏腹に、その”お荷物”を金輪際離すまいというふうにぴったりと胸に抱きよせたまま、阿吽の手綱をあやつっている犬夜叉の姿を見ながら、珊瑚は弥勒にそっと言った。
(法師さま、殺生丸本当に大丈夫なの)
(わかりませんが、ああでも云わないと犬夜叉が興奮して飛び回るし、あまりふりまわす
といくら殺生丸でも参ってしまうでしょう)
(もう十分参っていると思うけど――)
血のついたままの銀色の髪が風に吹きなびいているのへ目を向けながら、珊瑚はささやいた。
(本物の妖怪の底力ってのはあなどれないものなんだけど、あの出血じゃ私ならあまり
楽観はしないな)
(そうですな。犬夜叉の気持ちもわかりますが)
(あんな危険な兄上でもやっぱりお兄さんなんだね。無理もないけど)
(まあそれもありますが、犬夜叉としては正面切って迫ってこられれば爆流破も辞さない
でしょうが、これではまるで相手が具合の悪いときをねらって卑怯な手を使ったような
気がして気分が悪いのでしょう)
(そうだね。殺生丸だって、犬夜叉が他の敵と戦ってるときにそれに乗じて襲ってきたり
はしない―――奈落とは違う)
(それに、きっとこんなふうに殺生丸の弱っているところを見てるのはつらいんだわ)
かごめはそっと思った。
(犬夜叉の気性だもの、ライバルの弱ってるところを見るのはイヤなのよ)
それにしても、どこか休めるところは・・・
「あっ、あそこ、犬夜叉、待って、あそこ見て」
かごめが指さした下方に、かなり大きいが人気のなさそうな古寺があるのが見えた。
雲母の背に乗って舞い降りた珊瑚たちが、すぐ戻ってきた。
「大丈夫、人もいないし、そんなに荒れてないみたいだ」
「よーし、下りるぞ」
雲母のあとを追って犬夜叉らが寺めがけておりていく。その間も依然として鮮血は犬夜叉の指の間にあふれ、その腕にもたれた血の主の秀麗な面は刻一刻と蒼ざめていくように見えた。
* * * *
山奥の破れ寺の一つに入りこみ、ともかくケガ人を奥によこたえると、人間たちはあわただしく手当てやら夜を過ごす準備にとりかかる。少女は必死な表情で兄のかたわらにへばりついて名を呼びかけていた。
「とにかくお湯を沸かして」
「焚き木をもっと拾ってこねばならんな」
「うむ、ついでに火を入れる燭台がそこらに転がっていないか見てくれんか」
(ええっと、血止めの薬、薬はっと・・・?)
薬箱の中をかきまわしていたかごめは、ふと顔をあげた。と同時に犬夜叉も招かれざる客の到来に気づいていた。
(あれっ、四魂のかけらの気配―――これ、もしかして)
(チ、このうざってえ匂いは)
考えているゆとりもない。彼方にあやしい竜巻のような土ぼこりが舞い上がるのが見えたと思った次の瞬間、雑草や小石を猛烈な勢いで四方八方へ跳ね散らかしてその竜巻は寺の前庭に風を巻いて飛びこんできた。
「よう、かごめ」
この唐突でがむしゃらな登場の仕方は犬夜叉一行にはお馴染みのものである。弥勒がチラと奥のほうへ目をやって、珊瑚と顔を見合わせた。