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あにおとうと :其の十

「鋼牙くん」
「鋼牙、てめえ、こんなとこへ何しにきやがったッ」

 左右に狼たちを従えた妖狼族の若頭、鋼牙はなかなか元気そうだった。犬夜叉がたちまち眉を逆立てて間に割り込んだ。

「おう、なんだ犬っころ、お前生きてたのか」
「んだとぉ」
「なーんか、かごめの匂いに混じってえらい強烈な血の匂いが流れてくるからよー。何事かと思って飛んできたぜ。まーた犬っころがお前を守りそこねたのか思ってびっくりするじゃねえか」
「て・め・え」

 拳を握りしめる犬夜叉を尻目に、鋼牙は大変紳士的にかごめの手をとった。

「かごめ、無事だったか。なんかあったのか」
「あ、ううん、たいしたことないの、なんか変な妖怪にからまれちゃって、それで」
「へーえ、そうか。けどこの血の匂いはお前の仲間のものじゃなかったと思ったが」
「そうじゃないの、あの」

 手をとられたままかごめが後ろをふりむいたので、鋼牙は奥によこたわる人影を見た。

「・・・誰だ、あいつ」
「鋼牙くんは会ったことなかったのね。殺生丸よ、犬夜叉のお兄さん」
「犬っころの兄貴だって。へえ、兄貴は半妖じゃねえわけか」
「そうなの、殺生丸は本物の妖怪なんだけど、でも今ひどい怪我してて」

「ふうん、妖怪どもにやられたのか。弱っちいんだな」

 後ろで珊瑚が肩をすくめた。弥勒も首をふった。
(ひええー、鋼牙ってば言うね)
(いやはや、知らぬものの強みとはいえ、命知らずな)

「うるせえな、てめえに関係ねえだろうがよ!」

 兄弟でののしりあうことはあっても、他人に言われるのは別である。ましてや恋仇のいいぐさだ。よわっちいなどと言われて怒った犬夜叉が噛みついたが、鋼牙は一向に応えない。

「鬼の匂いが残ってるな、やりあったのか」
「うん、なんか変な鬼たちで、そのう、いろいろまといついてきて追い払うのに手間取っちゃって・・・」

 うまく事態を説明することができなくてかごめは口ごもったが、勘のいい鋼牙はたちまち察して鼻にしわをよせた。

「なーるほど、わかったぜ、その胸くそ悪い妖怪が兄貴にからんでよこしたってわけだな。けっ、蛇骨の次は鬼か、貴様ら兄弟そろって変態好きのする家系なんじゃねえのか。とんだ災難だな、ええ、犬っころ」

「鋼牙、きさま、言わせておけば〜〜〜」

 もはや勘弁ならぬとばかり鉄砕牙のつかに手をかけて凄んだ犬夜叉の肩にぴょんと飛び乗った七宝が、思いがけない助け舟を出した。

「気にするな、犬夜叉。鋼牙はおなごばかりでなく男にももてる美形の一族じゃというのでほめておるのじゃ。のう、鋼牙はかごめにも蛇骨にもふりむいてもらえんかったから、きっとうらやましいんじゃな」
「なっ・・・!」

(七宝、見事!)
(し、七宝ちゃん、うまい)

 犬夜叉同様言葉よりまず腕っぷしでご挨拶する肉体派、恋仇と腕ずくでいがみ合うならお手の物だが、こういう突っ込みに打てば響く機転で返せる鋼牙ではない。七宝のあっぱれ鮮やかな切り返しに、鋼牙がぐっと詰まったときだった。

 小さな女の子の泣き声がして、奥の人影がわずかに動くのが見えた。

(殺生丸?)

 何度もこの危険な兄と立ち会ってきた経験から、弟はその殺気の前ぶれがどんなものか熟知している。血の匂いに混じって立ち上る妖気は突然不穏な色合いを増して、こちらに向けられ始めていた。

(犬夜叉、気をつけろ、どうも兄上は雲行きが怪しいようだ)

 いつの間にそばにきていたのか、弥勒が後ろで低くささやいた。

(ち、殺生丸のやつ、何をピリピリして)

 兄のほうをうかがった犬夜叉の目に
少女が必死に毛皮にしがみついてふるえているのが見えた。

「・・・殺生丸さま」

(・・・そうか、あの小娘が)
 
 殺生丸は鋼牙と連れの狼が少女の身をおびやかしていると思っているのだ。

(厄介なことになりそうだぜ、早くこのバカ追ん出さねえと)

 背後の兄から注意を離さぬまま、犬夜叉は鋼牙につっけんどんに言い返した。


「わりぃが今は奴があの通りだ、てめえにかまってるヒマはねえよ」
「かまわなくて大いに結構、おれはかごめと話してえんだ、お前なんぞに用はねえよ」
「この野郎、ひとがおとなしく聞いてりゃつけ上がって、殺生丸がぴりぴりしてんだ。てめえにうろつかれっと迷惑なんだよ。いいからとっとと失せやがれ!」
「なんだとお?!」

 気の荒い二人の噛みつかんばかりなやり取りは仲間たちには慣れた光景だが、りんにとってはそうではない。怒鳴り声と赤い舌を垂らした狼たちの恐怖の記憶に少女はますます怯えきって、この世でただ一つの逃げ場所である殺生丸の背に必死にすり寄った。殺生丸の肩に流れる豊かな白い毛皮が不気味にふくらみ始めているのに犬夜叉は気づいていた。警戒や怒りに緊張しはじめているとき、毛が逆立ってそんな風に見えるのだ。

(くそっ、鋼牙め、殺生丸のあの様子が見えねえのか)

 殺生丸のこの気配を感じただけで、まずたいていの妖怪は逃げ腰になるところだが、さすが荒肝では犬夜叉にもひけをとらぬ妖狼族の若長だけあって、鋼牙は容易に引っこむ気配を見せぬ。且つはかごめの手前格好をつけたい思いもあり、流れる血の匂いからして深手とあなどる気持ちもあったに違いない。

「おい鋼牙、悪いことはいわねえ、今日んところは出直せ。でないと痛い目みるぜ」
「なんだとこの犬ッころ、だいたいなんで俺がてめえの兄貴なんぞに遠慮しなきゃならねえんだ。ふざけんな」

 気の荒い鋼牙がじろっと奥をにらんだので、りんがいっそうすくみあがって殺生丸にかじりついた。殺生丸の絹のような髪がざわっと逆立った。

(まずいな、殺生丸のやつ、殺気だってやがる。あの小娘が怖がってるからか)
(犬夜叉、まずいですな)
(んなこたわかってる)

「だいじょうぶ、狼は襲ってきたりしやしないよ、こわがらないで、落ち着いて」

 なんとかなだめようと珊瑚がりんに話しかけながら近づこうと一歩踏み出したが、とたんに凄い殺気が走って殺生丸の金色の目が赤く光ったので、あわてて珊瑚は後ろへ下がった。

「よせ、殺生丸!」
「ダメだ、全然寄せ付けないよ」

 弥勒が後ろを気にかけながら低い声で云った。

「鋼牙、すまんが今日のところは引き取ってくれんか。お前がいると殺生丸を刺激する。それでなくとも手負いで気が立っている上に、連れがお前の狼をひどく怖がるので、兄上は神経質になっているのだ」

「ふん、そんなこた、俺の知ったこっちゃねえよ」

 鋼牙は怒った。




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