「やかましい、失せろこのガキ!」
火花を散らしてもつれあう殺生丸との打ち合いの最中、あくまで邪魔する半妖をどうにも鬱陶しいと思ったか、吹きつけられる烈しい剣圧についに注意をそらされて、大鬼が腕を振り上げ、犬夜叉めがけて妖気もろとも荒々しく拳を放った!
(こいつを待ってたんだ!)
「やめろ、犬夜叉、よせ、無茶すぎる、兄上が―――」
弥勒の懸命の叫びが聞こえたが、犬夜叉はためらわなかった。
(心配することなんかねえ、なんで奴が避けられねえはずがある!)
そのとき弟の脳裏に映っていたのは、無敵の大妖怪である兄、常に仮借なく鮮やかな剣さばきを見せて半妖の自分をやすやすとあしらう、あのいつもの兄の姿であった。いくぶん疲れた兄の様子はわかっていたが、弟は信じて疑わなかった。
(殺生丸ならよけられる、決まってんじゃねえか、やつはいつだって)
犬夜叉は鉄砕牙を大きく振り上げた。
(おれがこの爆流破で、この我慢ならねえ変態どもにケリをつけてやる)
(見てろ、この一撃で、おれの力を見せつけてやるんだ!)
叩きつけられる妖気に向かい、犬夜叉はついに鉄砕牙の一撃を振り放った!
「くらえーッ、爆流破ーーーっ!」
つかの間、世界は静止した。
振り切った鉄砕牙が敵の妖気をひきずりこみ、煮えたぎる巨大な妖気の渦を巻き起こし、幾筋もの妖気の竜巻は猛々しく渦巻いて妖怪の体に襲いかかり―――
(殺生丸!)
気づくのが、わずかに遅れたのだ。
妖気の渦の一方が妖怪と斬り結ぶ殺生丸めがけて荒々しくなだれこむのと、殺生丸が身をかわしてありったけの迅さでその場をはなれようと飛びすさるのと、髪一筋の差でかわしきれず渦が半身をかすめる直前、剣を投げ捨てて天生牙を引き抜くのとが同時だった。
次の瞬間、大地を揺さぶる雄叫びにも似て、耳を聾するとどろきと共に爆流破は妖怪の体を木っ端微塵に粉砕し、暴風と轟音もろとも大地を引き裂いて遠ざかった。天生牙の結界が蒼くきらめいて、はじきとばされた白い体を包み込むのが見えた。
(・・・・そんな―――バカな・・・)
濛々と立ちこめる土煙は視界をふさぎ、はねとんだ土砂や砂塵が雨のように頭上に降り注ぐ。
茫然―――文字通り茫然として立ち尽くす犬夜叉たちの前で、やがて土煙はおさまって静かになった。
「・・・・せ、殺生丸・・・」
かごめが最初に我に返った。
「爆流破がかすめたわ、避けきれなかったのよ、犬夜叉、殺生丸が!」
「あ・・・」
犬夜叉は刀を振り切ったままの格好で呆然としていた。
(ばかな・・・・あいつがよけ切れねえなんてこと、あるわけが・・・・)
「殺生丸!どこだ!」
弥勒が叫んで身を乗り出した。
「さっき殺生丸の体が光ったよ、法師さま!」
「天生牙の結界がはたらいたのだ、珊瑚、上空から探してくれ、犬夜叉、何してる、しっかりしろ、そう遠くへ飛ばされたりはしていないはずだ」
(ありえねえ・・・けど、この血の匂い・・・・殺生丸!)
夢からさめたように、犬夜叉は飛び上がって走り出した。
* * * *
眼前には荒涼たるすさまじい光景が広がっていた。爆流破の威力は凄まじく、地は根こそぎ揺り動かされてひび割れ、大岩は残らずはじけとび、なぎ倒された木々があたり一面に散らばり、樹齢数百年を数えそうな大木の木の根が引き抜かれて地上に転がっていた。
「殺生丸!殺生丸、どこだ!返事しやがれ、殺生丸ーーッ」
犬夜叉は荒れた岩の間を飛び駆けていた。血の匂いは生々しく強烈で、思っていたよりはるかに多かった。
(バカ野郎ッ、てめえともあろうものが何でよけそこねた、おれの放つわざなんか、そよ風ほどにも感じねえってほざいてたのはどこの誰だ、殺生丸、殺生丸!)
(おれは、こんなこととは、夢にも・・・)
(ちくしょうっ、おれは、おれはそんなつもりじゃ)
血の匂いはいっそう高まってくる。遠くで兄の名を呼ぶ仲間たちの声がきこえた。
足元にチラと光るものを見つけて、犬夜叉は飛び降りた。闘鬼神のむき出しの刃が日を受けて光った。
(近いのか?!)
犬夜叉が耳をそばだてて、周囲を見回したときだった。
カサ、と小さな音がして、近くの茂みが揺れた。犬夜叉は凄い勢いでその方向へ突進しようとして、思わず足をとめた。
天生牙を杖代わりに、長い銀白色の髪の半ば乱れて、白い着物すがたの兄が、突然茂みを割ってこちらへよろめき出るのが見えた。
(・・・・生、きてやがったか)
安堵の余り、犬夜叉はほとんど脱力するような思いに襲われた。
「せ、殺生丸」
一瞬、その姿には、何も変わったところもないように見えた。
「殺生丸、あ、あの、今のは、おれは・・・」
「・・・仕留めたか」
それが、最初に殺生丸の発した言葉だった。犬夜叉はまごついた。
「え?」
「今の敵を、しとめたかときいているのだ」
「え、あ、ああ、やっただろ、跡形もねえ」
「・・・そうか」
いいさして、殺生丸はふいに天生牙を取り落として左脇をおさえ、地面に膝をつきかけた。
「殺生丸!」
われを忘れて、犬夜叉はその方へ駆け寄った。
突然噴き出した血が、ふいに殺生丸の左半身を朱に染めた。支える犬夜叉の指の間から生ぬるい血がどくどくと音を立てて流れ出し、抱えた緋色の袖の上にあふれてしたたりおちた。
そのとき初めて犬夜叉は、兄の鎧がほとんど砕けて長い袂の裾はちぎれ飛び、衿もとは半ば裂け、白い毛皮が鮮血で無残な真紅のまだらに染まっているのに気がついた。