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あにおとうと :其の四

 

 憤激のあまり頭から湯気をたてんばかりにしている犬夜叉の横顔を、殺生丸は目のすみからちらりと見た。弥勒もそのほうをみたが、兄が何を考えているかはその顔色からはまったくうかがえなかった。 

殺生丸のほうは、敵の無礼きわまる発言にも挑発される気配はまったく見せなかった。弟と違って怒りにわれを忘れるなどということは、この大妖怪には無縁であるらしくその落ち着き払った闘いぶりも端麗な横顔もいつもと何の変わりもないようにみえた。

「のう、弥勒」

 背中に隠れて様子をみていた七宝がこっそりとつぶやいた。

「殺生丸は一言もいわずに戦っとるのう。いつも犬夜叉と戦うときはバカにしたような憎まれ口をきいておるのに」
「・・・たぶん、口をきくのも汚らわしいと思っているんでしょう」

 あるいは、と弥勒は思った。聖域のなごりのせいで見かけより疲労が激しいのかもしれない。

 (口をきく余裕がないほど消耗しているとすると、ヤバいですよ、これは)

 「飛来骨!」

 珊瑚の手から勢いよく飛来骨が投げ出され、妖怪の体にあたって跳ね返った。

 「珊瑚ちゃん!」
 「かごめちゃん、お堂から出ちゃダメ!」
 「かごめさま!」

 かごめは果敢にも弓をかまえたが、矢をつがえたまま放てない。

 「かごめさま、妖怪を射るおつもりで?」

 「そうしたいけど、動きがはやすぎて狙いが――それに犬夜叉と殺生丸が飛び回ってて、危なくて」

 妖怪たちがツメや鉄棒をふりまわす間を、目にもとまらぬ迅さで犬夜叉と殺生丸の体が飛び回り、烈しく打ち合うこと数合でまた入れ違っては飛び下がる。妖気をたたえた妖刀は触れずして敵の体を切り裂き、武器と武器がぶつかりあうたび強烈な光が目を灼く。

 見慣れた犬夜叉の動きはともかく、殺生丸の動きは音もなく俊敏で、人間の目ではほとんど残像しか捕らえられないほどに迅かった。

(この有り様で風穴を使ったら兄弟もろとも吸い込んじまう、はやいところ決着がつけられるといいんだが)

 風穴なしに人間の手で倒せる相手は粒の小さい小鬼がせいぜい、大物は犬夜叉と殺生丸にまかせる以外手は出せぬ。

手に汗握りながら必死に見守っているのは弥勒ばかりではなかった。

「おとなしくしやがれ、この野郎!」

ガンッ!と大音響がして、風を切ってふりおろされた鉄棒を殺生丸の闘鬼神がはっしと受け止めた。ウォッとおめいて鬼が力まかせに押しまくり、組み合ったままの殺生丸の足元がじりじりと後ろへ下がる。

 (殺生丸さまが押されてる?!)

 人頭杖をつかみしめて邪見はハラハラした。

 (いつもの殺生丸さまならこんな鬼どもの一匹や二匹、物の数ではないが、今日は分が悪い、おっ)

ザザザッ、と足元の砂がはじけ、いきなり闘鬼神が相手の鉄棒を音立てて刎ね飛ばしたと見るや、殺生丸は宙に飛び上がって猛烈な剣圧もろとも踏み込みざま、肩口から袈裟がけに斬り下げた!
 噴血一条、血は虹を描き、殺生丸の白い着物にもはねかかった。

 (浅い!)

 邪見と弥勒は同時に思った。

いつもなら両断するはずの敵の体は手ひどく引き裂かれはしたが、かろうじて逃れてよろよろと後ろへ下がった。

(殺生丸さま、やっぱり霊気の影響か、踏み込みが浅くなってるような)

(距離を読み損ねたか、さしもの兄上もこれは長引くと)

 ピシッと一条の光が空気を切り裂いて、破魔の矢が目の前でよろめく妖怪の体に突き刺さり、鬼の体は消し飛んだ。

 「かごめ!」
 「この小娘がぁッ」
 「きゃーッ」
 「かごめちゃんっ」

 なぎはらう腕を間一髪すりぬけて、かごめをひきさらった珊瑚が雲母もろとも空に舞い上がる。

 「人間の女なんぞが邪魔しやがってタダじゃおかねえぞ」

 妖怪たちがうなり声をあげたが、首領格の鬼はあざけり笑った。

 「ほっとけ、そんな胸ペシャでやせっぽちのトリのガラなんぞ」
 「な、な、なんですってえ」
 「なんだと、この野郎、ふざけやがって!」
 「そうじゃ、怒れ、犬夜叉!」

  七宝が身を乗り出した。

 「てめえら、さてはかごめの風呂のぞきやがったなッ」

 (ちがう――)
 (い、犬夜叉・・)
 (アホじゃ―――)

 「へへーえ、あれがお前の女か、半妖の趣味ってなぁわかんねえなあ、あんな不細工な 人間なんぞより、おきれいな妖怪の兄貴とよろしくやったほうが楽しいんじゃねえのか 、ええ」
「こ、この野郎ッ・・」

 犬夜叉の銀髪が怒りに逆立った。

「それとも兄貴のほうで半妖はお断りってのかい」
「心配するな、兄貴のほうは本物の妖怪の俺らが楽しませてやるからよ」

 目の前で仲間がやられたのも、数を頼んだ妖怪らは一向に気にならないようであった。

「ざけんじゃねーッ」

轟然、振り切った鉄砕牙のもと、ついに犬夜叉の風の傷が爆発した。

「虫酸が走るんだよ、てめーらは!」

地鳴りもろとも大地に無数の亀裂が走り、烈風は凄まじく大地を薙いで、敵の体を粉々に引き裂き、肉片と化して宙へと吹き散らした。

「ケッ、ざまあみやがれ、掃き溜めの下の下のクズ野郎が」
「・・・まだ早い」

 勝ち誇る弟を、ふいに沈着な兄の一言が制した。

 あやうく逃げのびた何匹かを残して四散したはずの妖怪のバラバラの手足が、のろのろと動き回り、生き延びた者たちの体に寄り集まって、鬼たちの体がむくむくと大きくなってゆく。仲間の妖力を互いに集めあう共生型の群れだったのだ。



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