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あにおとうと :其の三

 突然ハラリと何かが顔にかかったので、犬夜叉はハッとなって身を起こした。ゆうべかけた自分の赤い上衣がかぶさっていた。

「―――殺生丸、てめえ、返すならもうちっとマシな返し方しろ・・・」
「やるつもりなら着ていたほうがよい・・くるぞ」

 言わせも果てぬうちであった。

 いきなり何者かの鋭い一撃が軒先をぶち破って、二人の上に叩きつけられた!

 飛鳥の鮮やかさで二人は左右に飛びのいた。犬夜叉が腰の鉄砕牙に手をかけたとき、殺生丸はすでに闘鬼神を引き抜いていた。

「犬夜叉!」
「殺生丸さま!」
「出るな、りん」

 堂を飛び出してきかけた少女を制した声は相変わらず冷静だった。犬夜叉が怒鳴った。

「かごめ、堂から出るんじゃねえ!」
「なんだ、こいつら」
「犬夜叉、なにごとですか」

 武具に身をかためた珊瑚と弥勒が飛び出してくる。

「知らねえよ、あいつらに訊いてみな。いきなり襲いかかってきやがった」
「へへーえ、これや想像以上のべっぴんだ」
「兄貴、見てみな、たいした美形だぜ」
「ほほお」

 妖怪たちの中の一人が、ずいと進み出た。

「こりゃあ、近頃お目にぶらさがらねえような上玉じゃねえか。なるほど、追ってきたかいがあるってもんだ」
「・・・鬼どもが、何をけったくそわりいこと抜かしてやがんだ」

 腹を立てて犬夜叉がやり返した。鬼たちは好色そうな目をギラリと光らせた。

「とびきりきれいな顔した手負いの妖怪が一人、ここいらで体を休めてるって話を聞いてな。こうして参上したってわけよ」
「んだとぉ?」
「こいつら、いったい誰のことを――?」
「不細工な人間の女なんぞ問題じゃねえよ、引っ込んでな」
「なっ、なんだって」

 珊瑚が気色ばんだが、妖怪の弟分らしきほうがかごめに気づいた。

「けどよう、兄貴、あの堂の入り口にいる人間の女、ありゃあ四魂の玉を持ってるぜえ」

 (かごめ)

 さっと犬夜叉と弥勒が堂の前にわりこんだが、一行がおどろいたことに鬼の首領のほうはそちらへ目もくれなかった。

「ほっとけよ、四魂の玉なんざあ、持ってたって何もいいこたありゃしねえ、欲しがるやつ同士で殺しあうばっかりでな。そんなものに頼って強くなったところでどうなるってんだ。そんなものよか、こっちの美形をとりにがすんじゃねえぞ」

 妖怪たちは、いっせいに殺生丸のほうに向きなおった。

「顔には傷つけるなよ、めったに拝めねえ美形だからな」
「あの髪を見ろよ、絹みてえな髪してやがら」
「・・・こいつら」

 牙を噛み鳴らして、犬夜叉は鉄砕牙を構えなおした。

「おう、殺生丸、てめえ、女かなんぞと間違われてんじゃねえのか」
「・・・・・」

 殺生丸のほうは答えるのもばかばかしいと云うように、ふりむきもしなかった。弥勒がうんざりしたように頭をかいた。

「犬夜叉、どうも最近、変態どもにやたら縁があるように思うのは私だけでしょうかね」「蛇骨の野郎と縁が切れたと思ったら、今度は鬼どもか、ったく、やってらんねえよ!」
「妖怪の世界も変態ばやりなのか、もうあったま来た!」

 飛来骨をかざして、怒った珊瑚が身がまえる。

「気をつけろ、真っ白い髪は強い妖力のしるしだ、手負いとはいえ、油断できねえぞ」

 鬼どもがてんでに無粋な鉄棒をふりかざして殺到する。殺生丸の金色のひとみが細くなり、闘鬼神の刃がキラと光った。 

 白刃一閃―――最初の一撃で、踏み込んだ鬼の手首を鉄棒もろともあざやかに切り落として、殺生丸の体はフワリと宙に浮いた。白い袂がひるがえる。なだれ落ちる第二撃をかわして後ろに飛びすさった兄をおどりこえ、犬夜叉の鉄砕牙が火を噴いた。

「くたばりやがれ、この鬼ども!」
「なんだとこの半妖!」

 鉄砕牙と鉄棒が噛みあってジャン!という金属的な音がした。犬夜叉が妖怪の体を蹴り飛ばして刀をなぎはらい、浅手を負った鬼がものすごい咆哮をあげた。

 (ち、雑魚妖怪と呼ぶにはちっとしぶとい奴らだ)

 舌打ち鳴らして、犬夜叉は敵をみやった。

 (ともかく、四魂の玉に興味がねえってのだけは助かるがな)

 いつもと違ってかごめを守る必要がないのはありがたかったが、しかし鬼たちは老獪だった。青銅色をした肌は鎧なみに硬く、ふりかぶる殺生丸の闘鬼神も剣圧だけでは、完全に体を引き裂くに至らない。

 鬼の一人が叩きつける鉄棒をよけて、殺生丸が二転三転して飛び下がる。それを追ってもう一方の妖怪が鉤の手に曲がったツメでつかみかかるのを、剣で荒々しく払いのける。

「そっちの半妖は何者だ」
「るせえっ、関係ねえっ」
「そっちの妖怪とおんなじ髪と目の色をしてるじゃねえか、ほほう、おまえら兄弟だな」「それがどうした!」
「へえ、道理でなかなか踏める顔立ちしてるが、兄の方ほどじゃねえなあ」
「この、鳥肌たつようなこと言うんじゃねえーッ」

襲いかかる鉄砕牙が鋭いツメとガッキと組みあい、みなぎる剣圧にたちまち鬼の体は切り裂かれて血がふきだした。

「こいつ、半妖のくせしてどういう化け刀ふりまわしゃがる」

 かっと目をむいて妖怪がわめきながら後ろへ飛び下がる。

「半妖なんぞにかまいだてするな、そっちの兄貴を逃がすじゃねえか」
「馬鹿が、逃げるのはてめえらのほうだ、相手もあろうに殺生丸の野郎に我から手出しするなんざ、お前の目玉は障子の穴かよ、って、どわわわわーーっ」

いいかけて、犬夜叉が背中に悪寒でも走ったように飛び上がって金切り声をあげた。妖怪の一匹が背をかすりざま、いきなりその長い白髪をひょいとすくい上げたのだ。

「ちぇ、何だよう、兄貴ぃ、こいつの髪、がっさがさのボサボサだぜえ」

 がっかりしたように、妖怪はぶつくさ言った。

「兄弟だってえから、こいつも素敵に柔らかい絹みてえな髪かと思ったら、全然お話にならねえや。まるですり切れた竹ボウキみてえな手触りしてら」
「こ、こ、こ、この」

 あまりの怒りに怒鳴り返すことばも思い浮かばなくなって、犬夜叉は目を白黒させた。

「落ち着きなさい、犬夜叉」

 なんともいえない情けない表情で、弥勒が後ろから声をかける。それでなくとも先日蛇骨に散々つきまとわれ、あわやというところまで追い込まれて死ぬ思いをしたばかりで、この手の趣味でからんでくる相手に対する嫌悪感は頂点に達していたところだ。もはや堪忍袋の緒も切れて、犬夜叉は緋色の袖をはらって、鉄砕牙を敵に突きつけた。

「・・・ブった斬る!」



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