(お前が許せぬ、犬夜叉)
お前が半妖であることが、父を同じくする兄弟であることが、鉄砕牙の使い手であることが、それにふさわしい心の持ち主であることが、この自分を兄と思い、その身を案じる優しさを示すことが、この私にあのような甘やかな仕打ちをしてのけるその愛情深さが、私にこんな悩ましい物思いをさせることが、その唇が、その存在が、その魂、その全てが―――!
(犬夜叉―――!)
冷徹なるべき妖怪の心にも、弟への想いは悩ましく苦しく胸を焦がし、あまりにも複雑な愛憎半ばするこの想いを相手に伝えるのに殺生丸が知る方法はただ一つだけであった。
(奈落ごとき下種の手になどかけさせぬ。あの死人の巫女にも、いや、他の誰の手にもかけることなど許さぬ。きさまは、私の獲物だ)
(犬夜叉)
最愛の恋人の名を呼ぶように、殺生丸はその名をひくく口にした。
「・・・どうした」
敏感な犬夜叉が、こちらに注意を向けてくる。激しい傷と霊気の苦痛が寄せては返す波のように全身をひたし、痛みの波にさらわれて半ば気が遠くなりかかりながら、殺生丸は犬夜叉のほうに手を伸ばした。
「殺生丸、おい、どうした、苦しいのか、殺生丸、」
伸ばした手が犬夜叉の手に握られるのを感じながら、殺生丸はほとんど優しくその名を呼んだ。
「犬夜叉」
「―――殺生丸、しっかりしろ、殺生丸!」
「犬夜叉―――」
「殺生丸、大丈夫か、傷が痛むのか」
驚いた犬夜叉が、手をとったまま横たわる兄の銀色の頭を引き寄せて己が胸へと近づける。
(誰にも渡さぬ、誰にもやらぬ、おまえは、私の・・・)
「犬――夜叉―――」
「殺生丸・・・」
次第に途切れ、うすれていく意識のなかで、抱きしめられた胸の中で犬夜叉に手をゆだねながら、愛しい恋人にささやくように、たった一つの愛の言葉を殺生丸は心の中でささやいた。
(犬夜叉―――)
(いつか、私がおまえを殺す―――)
運命か、宿命か。かくも似通い、またかくも異なる二人の兄弟の想い、そのすべてを沈黙のうちにつつみこんで、夜はただひたすら更けてゆくのだった。