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あにおとうと :其の十九

 

「殺生丸、お前は今でもまだ鉄砕牙が欲しいんだろうな」

 犬夜叉はふいにぽつりと云った。

「・・・もし、おれが四魂の玉を手に入れて、それで、おれが――おれが、人間になったら―――お前はどうする」

「・・・・・・」

「そうしたら鉄砕牙は用済みだ。おれはもう化け物になることもないだろうし、妖力のない人間には鉄砕牙はただの錆び刀にすぎねえ。おれが人間になって、そうしてお前に鉄砕牙を渡したら、それでお前は満足するか。おれの前を去って、もう二度とおれの前に姿を現わさないようになるか」

「・・・・父上の血を、捨てるというのか」

「ああ、そっちだぜ、おれが親父の血をひいてることすら許せねえと言ったのは」

「・・・・・・・」

「人間の兄弟なんざ、半妖以上に許せねえんだろうな、お前には―――」

「・・・・・・」

「おやじは、どうしておれに鉄砕牙を渡して、こんなに力を欲しがってるお前に天生牙をくれてよこしたんだろうな・・・」

 兄は黙して答えぬ。それを責めることはできなかった。他に刀がないならいざ知らず、最強の牙は弟に与えられ、敵も殺せぬ癒しの刀を押しつけられ、それを亡き父の形見と思って我慢しろという、それが誇りたかい兄にとってどんなに残酷な仕打ちであったか、鉄砕牙の真の威力をようやく知りつつある今の犬夜叉にもやっとわかりはじめていた。

「おれは、いつも自分が鉄砕牙の使い手だってんで、そのことだけはお前に勝ってるように思ってた。でも、時々思うこともある。もしかして、いつかおれは自分が天生牙でなく、鉄砕牙の使い手であることを悔やむような日がくるのかもしれないってな」

「・・・・・・・」

「考えてもしかたねえ。鉄砕牙と天生牙を交換することはできねえ。ほかに・・・ほかに、どうしようもねえ。おれたちの目の色が変えられねえように、おれたちの刀も変えることはできねえんだな・・・・」

・・・・・・」

「―――安心しな。おれは、人間になんかならねえよ。お前に鉄砕牙を渡したりもしねえ。欲しけりゃ力づくて奪いに来いよ。いつでも受けて立つからな」

「・・・・・・・」

「なんだよ、寝ちまったのか。殺生丸、おい」

 別に寝てしまったわけではないようだったが、殺生丸が目を閉じてしまったのを見て、犬夜叉は当惑げに口をつぐんだ。

 「ちっ、疲れたんならさっさと云え、黙りこくってちゃわかんねえだろうが」

 殺生丸の白い顔が、強い妖力を示す真っ白な髪になかば隠れているのを、犬夜叉が手でそっとはらいのけ、かたわらに鉄砕牙を抱えなおして座り込む。空気には柔らかな殺生丸の毛皮の匂いにまじって真新しい血の香りがした。


 (爆流破)

 殺生丸はもちろんその名前も威力も知っていた。父が鉄砕牙をふるうところを見ていたからであり、その奥義についても敵を倒す驚異的な力についても、殺生丸は犬夜叉以上によく知っていた。そうか、犬夜叉は爆流破を覚えたのか。

 少しずつ、少しずつではあったが、犬夜叉がようやく鉄砕牙を使いこなし始めていることは明らかであった。鉄砕牙は犬夜叉の身を守り、その身に属し、力をたくわえ、妖力を増して、今や名実ともに犬夜叉の分身となりつつあるようだった。

 認めたくないその想いが、真新しい傷よりも鋭く深く、殺生丸の誇り高い心をえぐり、さいなんだ。

 (犬夜叉ごときがなぜ)

 (なぜ鉄砕牙を)

 (鉄砕牙なしでは心も保てぬ半妖の分際で)

 (父上)

 (なぜ、この殺生丸に天生牙を)

 思えば思うほどに、いっそう許しがたく切なくつらく、心を切り裂くこの想い・・・

 犬夜叉が爆流破を使いこなしたとて、もとより驚く殺生丸ではなかった。風の傷さえ読むのに苦労した半妖である。自らが鉄砕牙を使えさえすれば、風の傷はおろか、爆流波を覚えることも、使いこなすこともそれほど難しいとは思われなかった。あの竜骨精を倒すことも・・・

 何度となく足を運び、見上げたあの崖の竜骨精の姿、その心臓に突き刺さった父の爪。風の匂いで起こったことを知ったあとも、殺生丸はやはりそこへ足を運んだものだった。空っぽの崖に砕けた岩塊が散らばるだけの場所となったそこを、この目で確かめたときのあの言葉にならぬ複雑な気持ちを、犬夜叉はもとより考えたこともないのだろう。

 (何も知るまい、わかるまい。何も知らず生まれ、何も知らず生きているおまえには)

 待っているがいい、鉄砕牙よ、お前が犬夜叉をあるじに選ぶというなら、私がそのあるじの首を掻き切ってやる。鉄砕牙はこの殺生丸のものになるのだ。

 幾たびか、繰り返しそう固く心に思い決めた誓いのはずなのに、一方でその想いは、先ほど交わした取るに足りない淡いくちづけにさえぎられて、ふと薄れていきそうな気もするのだった。

 (犬夜叉)

 (この世でただ一人、この兄と父を同じくし、血をわけあった弟・・・)

 ふれあったあの唇にいつわりはなかった。この世一人の兄弟ならで、たれか神聖なるべき己が唇にふれ、あのような甘やかな優しいくちづけを許そうか。帯をといて肌身をゆるし、命にかかわるその傷をまでもその目にさらし、敢えてその手にゆだねようか。

 (犬夜叉) 

しかもなお、その義母弟こそは、おのが父から鉄砕牙を受け継ぎ、正しくその使い手として自分の前に立ちはだかろうというのだ。




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