「おお、犬夜叉さま、お探しいたしましたぞ」
「・・・って、冥加じいちゃん」
ノミ妖怪の冥加はたちまち犬夜叉の一打ちをくらって、ペシャンコになった。
「よお、冥加じじい、どーした」
「どうしたもこうしたも、犬夜叉さまと殺生丸さまの血の匂いがこんな遠くまで流れてきたのは初めてですじゃ。いったい何をなさっておいでたので」
「どうってこたねえ、ただちょっといけすかねえ妖怪どもにからまれてよ」
犬夜叉は裂けた緋の狩衣の袖を持ち上げた。
「ははあ、それはまた」
「成り行きで爆流破くわせちまったんで、そんでちょいと流血沙汰になっちまった」
「なに、爆流破を」
「かすっただけだ、たいしたこたぁねえ」
「しかし、それではまたまた殺生丸さまとやりあわれたので」
「違うっつってんだろが、おれは奴に爆流破かけたんじゃねー、あいつがドジ踏んでよけ損ねたのよ」
「ほほう、では絶好の機会ではございませぬか、いっそここで兄上と決着をつけてしまわれては」
「るせえな、あいつが深傷負ってんのが見てわかんねーのか。今はそういうことする気分じゃねーんだよ」
「まったまた、妖怪らしからぬそういうトロいことをおっしゃるから、兄君に半妖のどうのと馬鹿にされるのじゃ」
冥加はぴょんと一跳ねした。犬夜叉は顔をしかめた。
「いろいろといきさつがあんだよ、ほっとけ」
「はあ、まあ、そういうことなら今宵は鉄砕牙ともども、できるだけ殺生丸さまのおそば近くにおられることですな。なんといっても鉄砕牙は父君の牙より作られし刀、その庇護があるとないでは大違いじゃ」
「・・・思ったより出血が続いてやがる。止まるのか、鉄砕牙があれば?」
「まあ、どうしても兄君にお力を貸したいならですな・・・」
「止まるんだな、血が」
「そりゃあ、まあ、そのう、そういうことになりますかな」
「何をぐずぐず云ってやがる、冥加、てめえ殺生丸をこのまま死なせちまえって言いたいのか」
「とんでもない、殺生丸さまは完全な妖怪、この程度の流血で死にはしません。犬夜叉さまが騒ぎ過ぎなのじゃ」
「ふん、弥勒とおんなじこと云いやがる」
「だいたい兄君といえど、殺生丸さまは犬夜叉さまにとってはつねに鉄砕牙を奪うべくお命をつけねらう非情な敵、そのように怪我などご心配なさる必要はありますまい。兄上のほうで恩に感じてくれるなどと思ったら大間違いですぞ。助けたのは犬夜叉さまが勝手になさったこと、自分から頼んだわけでもないのに借りを感じることなどありえんですじゃ」
「んなこた、いわれなくてもわかってる。別にやつに貸し作ろうなんざ思ってねーよ」
「やれやれ」
冥加は腕組みして、ため息をついた。
「刀々斎めはこれくらい甘っちょろい方でなければ鉄砕牙は渡せぬとぬかしおったが、わしとしてはあまりに甘っちょろ過ぎていささか不安になりますわい。犬夜叉さまも真の妖怪たらんと欲するなら、少しは兄君の妖怪らしさを見習われたほうがよいかもしれん」
「けっ、うるせー」
冥加じいちゃんにはわからないんだわ、とふとかごめは思った。長年犬夜叉についていても、しょせん妖怪と半妖の溝は埋められぬ。吹けばとぶようなノミ妖怪でも、おのが兄の体で鉄砕牙の試し斬りをせよと弟に勧めて平気なほどに妖怪そのものであることを思えば、妖怪と人間の間の違いというものは、やはりどうしようもないものなのかもしれなかった。
* * * *
ともかく鋼牙を追っ払い、血止めの算段もついたので、今度こそ一同はホッとして炉火のまわりに座りこんだ。
火にかけた鍋から、かごめは薬湯を木椀につぎわけた。犬夜叉が不思議そうにのぞきこむ。
(なんでい、そりゃ)
(お薬よ)
(薬ぃ?)
(そうよ、地念児さんのところでもらったの、妖怪にも効くわ)
(へえ)
「あのね」
薬湯と薬を手に、かごめはそっと寝ている相手のほうへ向き直った。
「これ、傷につける薬と布、それに薬草を煎じたの、飲むと痛みがひくし、体も楽に・・・」
いいかけるのを、突然殺生丸の澄んだひくい声がさえぎった。
「・・・よけいなことはするな」
つい先ほどまで、半ば気を失っていたとも思えぬほどに、はっきりした口調であった。
「殺生丸」
「よけいなことをするなと言っている」
声は何事も起こっておらぬかのように冷たく静かで、そのぶんまったく取りつくしまもなかった。