今宵が最後の夜とあって、結界はいやが上にも強力に重ねて張り巡らされていた。外からは何人たりと中はのぞけぬ。また内に起こる儀式の秘め事のほんの気配のかけらすら外には洩れぬ。
枕元におかれた玻璃の香炉から、悩ましい麝香に似た香がたかれ、薄青い白煙がかすかに立ちのぼっていた。目も見え、耳も聞こえてはいたが、匂いをほとんど封じられて、殺生丸は周囲の状況が半分も読み取れぬような状態におかれていた。
父の手が有無をいわさぬ力強さで自分の体を押し開き、もがく繊手を手首ごと押さえこむ。
「父上・・・父上・・・手が、痛い・・・」
かすれた訴えも聞いてもらえそうになかった。のしかかる肌の硬さと体の重みに殺生丸の体がしなった。
「なら、もっと、足を開け・・・」
「あ・・・あ・・・・」
生温かい舌が耳から首筋へと降りてゆき、また反対側の耳へとたどっていくのが感じられる。
「父上・・・手が・・・」
「痛ければ、もっと足を開け・・・もっと・・・」
「手が、痛・・・」
「痛いのは、手だけか・・」
「あ・・・どうして、そんなことを・・・・」
「答えろ、殺生丸・・・どうだ・・・」
「体が・・・引き・・裂かれ・・・はうッ、あっ、あ・・・」
「それでいい・・・もう少しこのまま折り返すか・・・」
「父・・上・・・あ・・・父上・・・・」
失神しそうなふちまで追い詰められてはまた揺り戻されて、もうこれで何度目か。痺れた指にはもう爪を立てる力もなくて、引き据えられた白い体は何とか責め苦を逃れでようとかよわくもがいてはまた残酷に引き寄せられた。
「殺生丸・・・・」
耳元にささやく父の声がする。いつもの父のそれとは全く異なり、その声は低く静かで残忍で、それでいてどこかしら官能的な響きをひそめていた。ささやかれるだけで気が遠くなるようなほとんど肉感的なものが感じられた。そんなことを感じるべきではないと思ったが、体のほうが殺生丸の意思に徐々に従わなくなってきていた。
初日、二日目とも与えられた苦痛はよく似ていたが、今夜求められていることは、明らかにどこか違っていた。父が押さえていた手首をはなしたので、反射的に殺生丸が体の上にのしかかる相手をおしのけようと肩に手をかけてのけぞった。
「どうした・・・つらいのか。苦しいのか。申してみよ、殺生丸、どんな具合か申せ」
「あ・・・あ・・・・」
声にも言葉にもなりはせぬ。父を受け入れさせられるのはこれで三日目―――悲鳴をあげつつも若い体は慣れぬ仕打ちに抵抗し続けており、ねじ伏せようとする父が力をこめるたび、殺生丸の半分ひらいた唇から耐えかねたうめきが洩れた。
(ち、手をかけて来たれど固い蕾よな)
二日かけて薄紙をはぐように固い殻を弱めて来、今宵その殻を破らねばならぬ。強い妖力を秘めた殺生丸の無意識下の抵抗は強く、殻にはなかなかひびも入らせぬ。
「殺生丸・・」
父がまた耳にささやくのが聞こえる。
「殺生丸・・・父がどうしたいかわかるか・・・殺生丸・・・」
「父上・・・・」
「何もかも父にまかせるか・・・父の言うままになるか・・・」
「父・・・父上の・・・?・・」
「そうよ・・・何をされても、抗わぬと約束せよ・・・殺生丸・・・」
「これ以上、どうせよと・・・・」
「殺生丸・・・」
「ああ、もう、これ、以上、どうしろと・・・ウッ」
「逆らうか」
「あ、あ、い、いいえ、父上の、お望みのままに、従い・・・あ・・お願い、やめて・・・」
「何をされてもかまわぬと言え」
「・・・仰せの、ままに・・・、アッ、う・・・」
「けしていやといわぬな」
「も、申しませぬ・・・・」
父がいきなり体をすすめて、自分の奥深く楔を打ち込んだので、殺生丸の白い体が気絶せんばかりにのけぞった。
「痛がってばかりで強情な体よな。そろそろ云うなりに従順になってきてもかまわぬ頃合いよ。体ばかりが逆ろうているのか、それともそなた自身が逆ろうているのか、殺生丸?」
「そんな・・・私は・・・」
最後までいうことはできなかった。突然腰をひきつけられたまま、ぐいとしなやかな体が反転させられて、殺生丸は白い髪をしとねに垂らしてうつ伏せにひじをついた。
「あ・・・ち、父上、何を・・・」
答える代わりに膝をつかされて後ろから迫る激しい感覚に、思わず声をあげてしまう。
「父上・・・こ、こんな・・・こんな、ことを・・・・この、私に・・」
「よい格好だな、殺生丸・・・」
四つん這いに伏せたまま長い髪を乱れさせてひじをつかされている殺生丸の後ろでもてあそぶような声がする。殺生丸は羞恥に喘いだ。いかに犬の妖怪とはいえ、人前で膝をつかされるような屈辱に身をおいたことは一度もない誇りたかい身である。人もあろうに父の前でこのような屈辱的な姿勢をとらされて、死ぬほど恥ずかしかったが、父の手でおさえこまれて抵抗もならなかった。
「何をされようと従うと申したであろうが・・・たとえばここをこうされようと」
「あっ!」
楔の動きはゆるやかに、だが容赦なく白い体を責めたてる。唐突に手が伸びて思いがけない秘部に触れたとたん、殺生丸ののどからかすれた悲鳴がこぼれた。
「・・・あ、父上・・そ、そのような、そんなところを・・・・」
「何を恥ずかしがる、父の顔を見ていてはどうもならぬが、後ろから責められると馬鹿に素直ではないか。少しこの格好のままわが責めを受けるがよい」
「ち、父上・・・・許して・・・もう・・・」
その声がのどにからんでかすれてきていることに、殺生丸自身は気づかぬ。仰向けに受け入れるよりこの姿のほうが何倍か切なかったにせよ、さっきまでの苦痛は幾分減じて、かわりに突き動かされる痛みにわずかに別のものが入り混じりはじめていた。
(――どうやらひびが入ったか)
巧みに背後から片手で胸元をまさぐりながら、父は手をゆるめる気配もない。乳首をふいにつまみあげられて、殺生丸は自分でもまったく知らなかった猥らな感覚にあえぎ、うつ伏せのまま、その手をつかんで払いのけようとした。その手首がいきなりつかまれたと思うと、もう片方の手もろとも背中にまわされる。両手の支えを失って、なめらかな頬がしとねに押しつけられ、銀白色の絹のような髪がこれ以上ないくらい悩ましく乱れて顔にかかった。
殺生丸は目を閉じて今の自分の姿を想像しないようにと必死に試みたが、耳元に悩ましくささやく父の声が、そのはかない努力を無視して、自分のおそろしくなまめかしくもみだらなその姿勢とそのされていることと、しかも自分が心の底で何か待ち望んでいるものがあるような声にならぬ感覚とを伝えてくるのだった。
(あ・・・・う・・・・あ・・・・)
「どうした・・・もう少し腰を持ち上げよ・・・ほう・・・いくらか素直になったな・・・」