外のいっそううるさい騒ぎ声で、殺生丸は不承不承目を開いた。妖怪が苛立ったように垂らしたムシロの向こうを見ていた。
「気がついたのか」
「・・・・・・」
けむるような金色の瞳がまばたきしてあたりを見まわした。妖怪は何とも言えない目つきでその様子をながめていた。
「ったくうるせえ三下どもだ」
またイライラしたように妖怪は体を伸ばして怒鳴った。
「うるせえ、ちっとは静かにしろ」
かしらの怒鳴り声に向こうの騒ぎはいくらか静かになったので、妖怪はまたうんざりしたように横たわる殺生丸の姿をみた。
上から無造作にかけられただけの上等な薄絹は体の線を少しも隠してはいず、布ごしに浮かび上がるしなやかな体の輪郭がほとんど暴力的なまでに妖しくなまめかしく、見る者の心を惑わせずにはおかなかった。妖怪は生まれて初めて見るこの美しい若い妖怪の蠱惑的な姿態をむさぼるようにながめた。
「俺がてめえを一人占めしてるから、奴らいらだってやがるのよ。ふん、さんざん楽しんだくせに、この上まだやろうってのか」
「・・・・・」
「お前、もういっぺん奴らのとこへ放り出されたいか」
「・・・・・」
「なあ―――俺はお前が気に入ったよ。もしお前も」
「・・・・」
「もし、お前も俺にちっとは心を動かされたってんなら、死ぬまでの間くらい俺がそばにおいといてやってもいいぜ。奴等には手は出させねえ。誰にも、俺以外の奴には死ぬまで手をふれさせねえでいてやるよ」
「・・・・」
無知で粗野な、名もない田舎者の妖怪であった。彼は、自分ではとても優しくて気のきいたことを言っているものと信じて、おずおずと云った。
「なあ、おひいさん、悪かねえだろ。そのう、俺に惚れるってことはねえのかよ。俺はけっこうお前にゃ優しくしてやったじゃねえか。俺に惚れたって言ってみな。そしたら、せめて死ぬまでの間くらい俺がお前を守ってやらあ」
青ざめた顔の中で、熱っぽくうるんだ金色の目が、怪しむように相手を見返した。
「―――惚れる、だと?」
殺生丸はあわれむように言った。
かすれた弱々しい声であったが、その声にはふいに聞いているほうの血の気がひくような辛辣な響きがあった。おかしくてならぬというように彼はまた言った。
「きさまに、惚れるだと。笑わせるな、いやしい下郎の分際で」
「・・・・てめえ」
「本気で私がそう言うと思ったのか?きさまのような下種に身をまかせて守られたいと思うなどと本気で考えたのか?きさまに惚れるだと?」
これ以上ないくらい鋭いさげすみと嘲笑をひびかせて、殺生丸は疲れきった美しい口元をゆがめた。虜囚の笑い声を聞くのはこれが初めてであった。そのあざけり笑う声は、どんな手厳しい拒絶にもまして、容赦なく哀れな妖怪の心を突き刺した。
「きさまも雑魚どももそろって虫唾が走る。どうなと勝手にするがいい」
言い切ったとたん、強烈な平手打ちをくらって、殺生丸の白い体はふっとんで莚の向こうへ転がり出た。妖怪は垂れ下がった莚を荒々しく払いのけてもう一度虜囚の体を向こうへ蹴り飛ばした。痛みにうめくかすかな声が聞こえた。雑魚の三下たちがわっとその周りに集まってくる。
折り重なる妖怪たちの中に無残に引き据えられた白い肌がまぼろしのように浮かんでいるのが見える。
(いやしい下郎、か・・・そうだろうとも)
(ちくしょう―――お前なんぞ!)
妖怪の顔が泣き出しそうに歪んだ。
「酒を持って来い!」
彼はその様子から目をそらしながら、荒々しく怒鳴った。