縛妖索 二章 (十)


「なあ・・・猿ぐつわだけでもはずしてやれねえのかなあ」


 岩場の隅っこで、一匹のみすぼらしい妖怪が兄貴分らしい一匹に何か訴えていた。


「ほんのちょっとの間でいいからよう・・・」

「ばかやろう、チビ助の奴がそれで舌噛みちぎられたの見てなかったのかよ。うかつなことすんじゃねえ、ほっとけ」


兄貴分のほうはけんもほろろであった。


「けどよう・・水くらいほしいんじゃねえかと思ってさ・・・」

「何いってやがる。どのみち縛妖索につかまってるんだ。俺たちが何しようがそのうち死ぬと決まってる。情かけたところで何もなりゃしねえよ」

「その縛妖索ってな、はずせねえのかなあ―――」

「ああ?何言ってやがる。そいつは外せねえよ。少なくとも俺らみてえな雑魚妖怪にゃ扱えねえ。たとえはずせたところで、んなことするわけねえだろう」

「ふーん・・・どうしてだよう」

「決まってる。この若いのはな、そんじょそこらにいるありふれた普通の妖怪なんぞとは訳が違うぜ。偶然、縛妖索にかかったところを襲ったから捕まったが、そうでなけりゃ俺たちみてえな連中に手に負えるような代物じゃねえ。その真っ白い髪を見てみな。そいつは生まれつきとびきり強い妖力を秘めてる証しなんだ。それも一族の長になるような並みはずれて強い妖怪のな」

「へえ・・・」

「それだけじゃねえ、奴の差してた剣を見てみろ。妖力といい拵えといい、生半可な妖怪が手に入れられるような剣じゃねえ。小い兄貴がその鞘なしの剣の刃にさわったとたん指が全部溶けて落ちちまった。俺らの妖気くらいじゃ扱えねえ。この剣を凌ぐくらいの妖力の持ち主でなきゃあな。ったく、あんな物騒な剣は見たことがねえよ」

「もう一本の刀の方はどうなんでえ。ありゃあ全然触りもできねえってお頭が言ってたぜ。柄を手にした上の兄貴は手が焼け焦げちまったって」

「封印されてやがるのよ。こいつ以外にゃ使うことができねえようにな。それとも俺らの妖力じゃ力を出し切れねえのかもしれねえ。何にせよ、こいつが並はずれた妖気の持ち主だってこたあわかってるんだ。身に着けてるものだってそう簡単に手に入るようなもんじゃねえ。あの妖鎧見たか?壊れても自分の妖力で元に戻るってやつだ。話には聞いてたが、実物を見るのは初めてだがな。俺らみてえにロクな防具もなくて、他の妖怪からかっぱらったり、ぶち壊れちゃあ別のを探しに行かなきゃならねえようなのとは違うんだ」

「ほえー・・・」

「こういう代物はな、そこらから湧いて出てくるような品物じゃねえ。一族の誰かから受け継ぐのよ。それも凄い妖力を持った奴でなけりゃ、あんな刀や妖鎧は作れねえ。あの若いのはたぶん親父かおふくろか誰か、そういうすげえ妖力の持ち主からてめえの妖力とあの鎧や剣なんかを受け継いだんだ。ちゃんとれっきとした由緒のある品なんだろうよ、特に刀はな。俺たちみてえな田舎者にゃ分からねえが、たぶんこいつは知るものが見ればすぐそれと分かる名の通った、ケタ違いの大妖怪なのに違えねえ。本当なら俺ら雑魚なんぞ足元へも寄れねえような、な」

「そんなら、こんなことしてたら、もしかしてその親父とか兄弟とかが怒り狂って取り戻しに来るんじゃねえのかい。俺らじゃあ到底かなわねえんじゃ・・・」

「ふん、そんなの来たって間に合うもんかよ。その頃までにゃ俺らに責め殺されてくたばってるさ。でなくとも縛妖索にかかってるんだ。俺らが何もしなくたってジワジワと死ぬだけさ」

「・・・やっぱり死んでくのかなあ・・・」

「なに情けねえ顔してやがる」

「けどよお・・・・どうせ死ぬなら水くらい飲ませたって、バチは当たらねえだろう。だいぶ弱ってるみたいだしよ・・・・」

「けっ、お前って奴はどこまでおめでたく出来てやがる。こいつを押さえこむのにどれだけ苦労したか覚えてねえのか。縛妖索にかかっていてさえ一苦労だったんだぞ。中の兄貴は谷の向こうまで吹っ飛んじまうし、三の弟と手下どもは剣の一撃で消し飛んじまった。お頭の叔父貴は毒にやられて今朝方死んだし、もう少し縛妖索の効き目が遅かったら、俺らもあわやなで斬りにされちまうとこだったんだ。それを死にかかってるから水くれてやれだと?あの猿ぐつわから覗いてる牙が見えねえのか。指食いちぎられても知らねえぞ」

「指はちぎれてもまた生えてくるよ・・・俺、あいつに水やりてえんだ」

 自分たちの仲間が、虜囚の上にのしかかり、その白い体を組み敷いて責め立てはじめるのを横目にみながら、妖怪は言った。血のついた毛皮の上で白い髪がゆれ、猿ぐつわのすき間から耐え切れぬ低いうめきが洩れるのが聞こえた。

「ふん、なら勝手にしな。ただしあとで猿ぐつわだけは戻しとけよ。でねえとお頭にてめえの咽喉笛食いちぎられるぞ。覚えとけ」

「うん・・ああ・・」

 生返事をしながら、妖怪は殺生丸のほうに目を戻した。呻き声はまだ続いていた。

 

 


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