縛妖索 二章 (三)


「・・・よう、目が覚めたのかい」

 横たわったまま、殺生丸は二三度まばたきをして、目を開いて辺りを見回した。妖力が吸い取られているせいなのか、匂いはほとんど読み取れなかった。

「へえ、少し顔色がよくなったじゃねえか。どうだよ、気分は」

 何か云ういとまもなく、いきなり体がすくい上げられて、ゆうべの妖怪の顔が目の前にきていた。

「・・・・・・・・」

「ほう、そいつがお前の本来の表情ってわけだな。まったく綺麗だがきつい顔をしてやがる」

 ぐいと髪をつかんで後ろにのけぞらされ、殺生丸の顔が上向いた。金色の眼の射殺すような視線が真っ直ぐに相手を見つめた。

「目をそらしもしねえってわけか、こいつはいい、こうでなくっちゃ抱きごたえがねえ」

 嬉しそうに妖怪はその顔を見た。

「・・・下郎」

 髪をつかんで後ろにそらされたまま、その目を見返しながら、殺生丸が低く云った。

「ふふ、そうともよ。気丈じゃねえか。それでこそ組み伏せ甲斐があるってもんだ。どこまでその取り澄ました顔が続くか、まあ楽しんでみようぜ、なあ」


               * * * *


「・・・・・・・・」

 座りこんだまま、背中からうなじのうしろに生暖かい息を吹きかけられて、殺生丸の背筋がこわばった。長い髪を根元から軽くつかんで持ち上げられ、首筋の髪のつけねを舌でねぶられて、全身に思わず震えが走る。殺生丸は本能的にまとったままの生絹のひとえの前をかきよせてうつむいた。

「どうした、何をこわがってる」

 妖怪の舌が首筋をなめ上げるたび、ぞくぞくするような感触が背中を走った。単の前をあわせたままの手が何かに耐えるように固く握りしめられる。

「・・・・っ・・・・・・・・・」

 なぶられるままに小刻みに震えている白い肩を軽くつかまれて、殺生丸は思わず体を引いた。妖怪がひくく笑うのがわかった。

「まあそうびくつきなさんなよ。まったく、こんなきれいな襟足にこんな無粋な縄なんぞつけられてるたあ残念なことだぜ。これさえなけりゃ、もっとずっと楽しませてやれるのになあ、ええ」

「あ・・・・」

 敏感な髪の付け根から耳たぶへなめずるように舌が這わされて、殺生丸は思わず目をつぶった。妖怪にはおよそあせる様子はなかった。着ている絹を脱がせようという気配もなく、まるで虜囚の受け身な心をゆさぶり、不安がらせ、じらすように巧みにそのうなじに後ろから舌を這わせては、殺生丸がそのあとに来る仕打ちを予想して息をあえがせ、かすかに震えているのを楽しんでいるのだった。

「・・・・っ」

 怯えているととられたくなかったが、実際はそのとおりだったろう。殺生丸はまとっている絹のひとえを固くひきよせて、首筋から徐々に背中に降りていこうとする口付けに抵抗しようとした。

「・・・ふふ、可愛いそぶりしやがって、脱がされんのはいやか。はだかをさらすのが恥ずかしいのかい。そんな生絹なんぞ巻きつけてどうしようってんだよ」

 片肌を脱がせるようにそっと滑らされて肩口が露わになりかけるのを、殺生丸はつかんで引きずりあげようとした。と、そこでいきなり後ろから座った足の間に手を入れられたので、白い身体は驚愕に文字通り飛び上がった。

「な、何をす・・・・」

 着物のすそから差し入れた手を妖怪は抜こうともせず、殺生丸はあまりの羞恥と屈辱にくちびるを噛んで着物の前をあわせたまま、覚えず逃れようと前へにじり出た。

「やめろ、何をする、無礼・・・!」

「何をするって、お前さん、まるでおぼこみたいに可憐なこと云うんだなあ。何をされるかわかりきってるくせに、そう顔を赤くしないだってよさそうなもんだ。それともこんなふうにここをこうされるのは嫌だってのかい、え」

 妖怪が逃がさないように細い腰を抱き寄せ、もう片方の手であやしく後ろから足の間をまさぐった。虜囚の口からかすれたあえぎ声が洩れた。

 

 


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