「あと、仔猿どもの術で右手に岩がひっついたときなんかよー」
「・・・・・・・」
「だから、そういうあきれた顔するなってば、油断してたんだよ、ガキ相手だったから。全くあんときゃ泣いたぜ。重い岩ひきずってよー、山降りながらこんなときにお前や鋼牙のバカに出会ったら何て云われるかと思ってさ」
「何と云われると思った」
「面白そうな顔すんな、おれは必死だったんだからな。お前に無様だな、とか言われるに決まってると思ってよ。その手では鉄砕牙も使えまい、もったいない、兄がありがたく使ってやるぞ、とか云って持ってっちまうところ想像したら、もう猛然と腹立って岩ガコンガコン振り回しながら山駆け下りて――だから、何を笑ってやがる」
「いや・・・」
「笑うなってば」
「笑ってなど」
「笑ってんじゃねえか」
「・・・そうか」
「そうかじゃねー、まったく、とにかく、おれはそういうこととかいろいろ考えたり思い浮かべたりしながら暮らしてんだよ。お前は違うんだろうけどな」
「・・・・・・・」
「人里へ帰すつもりはないのか。あのりんって娘を」
「・・・なぜ、そんなことを訊く」
「奈落はあの小娘がお前の弱点だと気づいている。奴の城と白霊山と、もう二度もてめえをおびき出すのに使われてるんだ。三度目がないとは思えねえ。次も守りきれるとは限らないぜ、小娘も、自分自身も」
「・・・・・・・貴様も似たようなものだろう」
「かごめは違う。弥勒や珊瑚もな。あいつらは大人だし、経験も積んでるし、てめえの身はてめえで守れるやつらだ。おれもそれで何度も助けられたこともある。けどあのりんって娘はただの子供なんだろう」
「・・・・・・・・」
「お前のそばにいれば、小娘もねらわれる。かえって危険かもしれないぜ。叢雲牙んとき、さらわれたのもお前の天生牙のせいだった」
「・・・見ていたのか」
「鞘のじじいが言ってた。お前が悲鳴を聞いた途端すごい勢いで助けにとんでったから、刀々斎が仰天してたぞ。声を聞いて振り向いたときにはもういねえってよ」
(殺生丸のやつ、それまで闘ってた相手なんぞ全部うっちゃってよー、あれよあれよというまに石垣やら敵やら飛び越えて、えらい早さで城のほうへとんでっちまったよ)
「お前、あのとき、おれまで飛びこえて行っちまったじゃねえか。おれは結構根に持ってんだからな、あんときのこと」
殺生丸は苦笑した。だが犬夜叉は笑わなかった。
「手放すの、いやなのか」
「・・・・・・・・」
「そばから離したくないのか」
「・・・・・・・・」
「あまり、罪作りなことはするなよ」
膝を抱いたまま、犬夜叉はぽつんと云った。
「人間のガキは、気まぐれに拾って連れ歩けるそこいらの雀の子とはわけが違うんだ。お前は妖怪だからどう思おうと自分の感情なんぞ抑えるのはお手のものだろうが、小娘のほうはそうはいかねえよ。なまじ連れ歩いて情を移らせといて、途中で放り出すようなひどい真似はするな。ちゃんとわかってる大人の女ならともかく、あの小娘はそこまで了見してお前について歩いてるんじゃねえだろう。途中で捨てたら泣かれるぜ」
「……・」
「人間の子供が大きくなるのは早い。あの小娘だって妖怪のお前から見りゃ驚くぐらい、あっという間に大人になる。一生、あの娘が死ぬまで連れて歩くつもりか。お前と一緒じゃ、他の人間の知り合いもできねえ、かといって妖怪の仲間にもなれやしねえ。手遅れにならないうちに仲間の人間のところへ返したほうが、あの娘のためじゃないのか」
「・・・・・・・・・・・」
「小娘だと思ってる間に本気でお前に惚れちまうかもしれないだろ。そうなってからもう側におけねえってんでよそに渡そうなんてあんまり残酷すぎる。それとも何か、あの小娘が大人になるまで待って、本気でてめえの嫁にしようとでも思ってるのか。それでこの上また、おれみたいな半妖のガキでもこさえようってのか」
「・・・・・・・」
「・・・・おれは、もうごめんだよ。どんな思いをするか、お前には到底わからねえだろう。おれ一人でたくさんだ。半妖なんてものはな」
「・・・・」