「・・・・・・・」
「なあ―――殺生丸」
刀々斎は、相手の顔色を見て言葉を選びながら、おだやかに云った。
「くだらん想像をすると、またお前さんに怒って爪でバサッとやられるんじゃねえかと思って、わしゃ黙っとったが―――」
「・・・・・・・・」
「こんなこと云うと腹立てるかも知らんが、お前は若いし、顔立ちも整っとるし、並みの妖怪どもよりはだいぶんと目を引く姿かたちをしとる。妖怪どもの間にも、人間と同じでおかしな趣味のものもおってなあ。中には随分と兇悪で非道な真似をする奴らもいると聞いておる。縛妖索のことがなけりゃこんなことは云わねえんだが―――もしかして、お前、あの時そういう連中の誰かに行き当たったのと違うか。ともかくお前ほどの妖力の持ち主が縛妖索のことだけで、いきなりこうまで衰弱するとは思えんよ。なー、殺生丸、・・・・」
なおも言いかけて、刀々斎は突然言葉を切った。
横たわったままの殺生丸の金色の眼にふいに涙が浮かび上がり、目じりから白い筋をひいて流れ落ちるのが見えた。
「殺生丸―――お前・・・・」
殺生丸は顔色も動かさなかった。そのおもてはいつもの通りの静かな端整な横顔のまま、ただ白い涙だけがその平静さを裏切ってあとからあとからあふれ出し、静かにその頬をぬらしていた。
「・・・・ひでえことをしやがる」
刀々斎はしずかに云った。
「これ以上、一人で抱えて苦しまんでもいい、誰もお前を責めたりはせんよ。どこがつらいのか云ってみな、少しは手を貸せるかも知らんて」
「・・・・・・・・」
「声の出し方を忘れちまったのか、困ったもんじゃな、こっそり云うてみい、ほれ」
刀々斎はそっと殺生丸の口もとに耳を近づけた。殺生丸が目を閉じてかすれた声で何かささやいた。
聞きながら、老人はまゆをしかめた。
(まーったく、ぞっとしねえやり方だ、殺生丸もとんだ悪夢にみまわれたな)
「わかった。ちょいと待っとれよ」
立ち上がって何かごそごそしていた刀々斎は、新しい衣を取り出すと殺生丸の上半身にかけ、頭ごとおおい隠してしまった。
「じっとしてな、すぐ済むから」
なるほど酷い―――めくった裾をひとめ見て、刀々斎は顔をしかめた。
(まったく、ろくなことをしやしねえ。殺生丸の奴、よくこんな目にあって声も出さずに耐えてこれたもんだ)
触れた怪しい物を引っ張りだそうとしたとたん、かけた上衣の下で苦痛に声をかみ殺すのが感じられた。刀々斎は困って手を止めた。
「袂の端でも噛んでいろ、ちょいと痛い思いをするからな」
端をつまんで、刀々斎は一気に引き抜いた。殺生丸の体が激痛にはねあがる。と見る間にそれは体の外に出ていた。殺生丸を散々責めさいなんでいた妖しい代物は地面の上で不気味にうごめいた。
(またとんでもないねえものをとんでもねえことに使いやがって、ひどい連中じゃて)
刀々斎は一目見て眉をしかめ、かたわらの冶金炉の中にそれを乱暴に投げ入れた。シュッと煙がたって、あっという間にそれは溶けて消えた。
「・・な、に・・・?」
「見ねえほうがいい。気にするな」
さっさと裾を直して上衣をかけなおしてやりながら、刀々斎は言った。
「ちっとは楽になったかよ、気分は」
殺生丸は、乱れた銀白色の髪に横顔を半ば隠して、無言のままかすかにうなずいた。何か言おうとしても言葉らしい言葉にならないのであろうと思われた。その様子を慎重にながめながら刀々斎はゆっくりと云い継いだ。
「なあ―――お前さんの気性じゃから、黙って一人で抱え込んで無理しちまうんだろうが、誰にも言えねえことをトゲみたいに心に刺さったままにしとくなあ、あんまりいいことじゃーねえんだがなー。つらいかもしれねえが、できることなら口に出して話してみな。そのほうが気持ちが落ち着くじゃろ。何が起こったか知らねえが、無理やり抑えこんじまうなぁ長続きはしねえよ。自分の心ひとつに納めておいたって、なかったことにはできねーんだから」
「・・・・・・・」
「・・・まーいい、無理はするな。ただ、そのほうが少しは楽になると思っただけよ」
もとより無理強いする気もなく、あきらめて刀々斎が鍛冶の炉辺に戻ろうとしたときだった。
「何を・・・何から、話せばいいか、わからぬ・・・」
ふいに、そう、ささやくように言う小さな声がした。刀々斎はあせらなかった。
「何もむずかしく考えんでいい、はじめっから話してみい―――少しずつ、ゆっくりでかまわんから」
「・・・・・・・」
ぽつりぽつりと、殺生丸は話し始めた。縛妖索にからめとられた時のこと、そのために妖力が使えず妖怪たちに捕らわれたこと、そこで受けた仕打ちの数々・・・