いくぶん沈んだ足取りで戻ってきた弟を、刀々斎と冥加がむかえた。
「どうだー、兄貴のほうは」
「・・・わからねえ」
口重く、犬夜叉は言った。
「まだ持ちこたえてる・・・何とかな」
「何ぞあったんかい、あいつを見つけたときによ」
「・・・いや。何もなかった。あの変な綱に巻きつかれて倒れてただけだ」
「ビショ濡れだったぜ」
「・・・・・・・うるせえな、知らねえよ」
「・・・・・・・・」
「冥加じじい、いるんだろ。何か手はねえのか」
「と、言われましても、原因がわからなくては手当てのしようがありませぬでなあ」
さすがの冥加もぐったりと云った。
「縛妖索の苦痛は味わったものでなければわからぬ言語に絶する苦しみじゃというが、まことであったのう。殺生丸さまほどのお方がこうも立ち直れぬほどの打撃を受けるとは」
「ごたくならべてんじゃねえ。原因なんかどうでもいい、やつをなんとか休ませる方法はないのか」
「休ませる?」
「刀々斎のいう通りだ。殺生丸はほとんど寝ていねえ。体も疲れ切って、もう気力も使い果たしちまってる。外側からじゃ奴の力になれない。なんとか少し休ませてやりたいが、奴はどうしても眠るのが苦痛なんだろう。薬も全然受け付ねえよ。何でもいい、何かいい方法はないのか」
「ふーむ、思いつく方法といえばただ一つ」
「・・・なんだ」
「お父君の墓のところへお連れすることじゃ」
冥加は言った。
「親父の?」
「さよう、この世とあの世の境に行けば余計な思念の入り込む余地はない。それにあそこなら必ずや亡き父君のご加護があるはず、殺生丸さまのお心も静められるかもしれん」
「しかし、黒真珠ももうないってのに、どうやって大将のもとへ行くんじゃい。なんぞ方法があるのか、冥加」
「・・・方法ならあるぜ」
犬夜叉がさえぎった。
「殺生丸なら通れるはずだ。奈落を追って親父の墓までいったとき、あいつは火の国の門を通ってやってきた。天生牙の使い手は死者の通る門を行き来できるんだ」
「ほー、そりゃすごい。しっかし、今の殺生丸に果たして天生牙を使うだけの力が残ってるかどうかなぁ」
「行けば何とかなるだろうよ。このままじっとしちゃいられねえ」
犬夜叉はためらわずに立ち上がった。冥加がその背に声をかけた。
「ただし、あそこは本来死者の魂のやすらう所、生者が長く住まうべき場所ではない。くれぐれも長居は無用じゃ」
「わかった。おれはちょい戻って仲間に会わなきゃならねえ、明日また来る」
「わしもご一緒しますぞ、犬夜叉さま」
肩に飛びついた冥加と一緒に、犬夜叉は飛び出して行った。刀々斎はヤットコを持ったまま其の背を見送り、また奥の兄を見やった。犬夜叉は気づいていないようだが、ずっと様子を見ているこの老妖怪には、なんとなく察せられることがあったのである。
犬夜叉はいったん去ったが、体の奥に押し込まれたイヤな感触のものは、手のつけようもなくそのまま残されていた。それが何であるか殺生丸にはわからなかった。それがうごめくたびに吐き気がしたが、自分ではどうしようもなかった。犬夜叉にそこまで頼むくらいなら舌を噛んで果てたほうがマシだと思ったが、しかし苦痛はいよいよひどく、時折眩暈がして息が苦しかった。
「う・・・」
何度目かのうめきを噛み殺しかねて、殺生丸が自分の毛皮に顔を押しつけたとき、とうとう見かねた刀々斎が声をかけた。
「殺生丸、なあ―――お前、どっか体が辛いのと違うか」
「・・・・・・・」
「縛妖索、結構長く捕まっておったじゃろ。冥加にはああ言ったが、わしゃ、お前があれにやられたあと、なんぞ別の妖怪に襲われたんじゃねーかと思ってなあ」
「・・・・・・・・」
「わしはこの通りの年寄りじゃから、お前さんを力づくでおさえこんで調べるこたーできねえよ。だからお前さんがどうでも嫌ならほっとくが、けど、なんぞ力になれるようなら云ってみな。わしもこれで結構長く生きとるから、たいていのことじゃ驚かねえよ」
「・・・・・・・」
「強情はるのはお前さんの勝手じゃからわしゃどうでもいいが、犬夜叉のことも考えてみな。ゆんべお前が眠れなくて一晩中そこで苦しんでたとき、犬夜叉の奴、ずっと外で眠らずに座っとったぜ。匂いでわかったろうが――って、それどころじゃなかったか」
「・・・・・・・犬夜叉には、言うな」
「なんじゃ」
「犬夜叉には、言うな・・・・約束しろ」
「お前さんがそういうならな。どこぞ怪我でもあるのか。よければ見せてみい」