縛妖索 二章 (一)


 

「おい、てめえら、そろそろ俺にも楽しませろ」
「おお、お頭」

 ぐったりと倒れている相手を囲んでいた輪の一方がとけて、頭目らしい一匹が姿を見せた。

「またずいぶん荒っぽく縛り上げちまってるじゃねえか、縛妖索の上にさるぐつわかよ」
「えらく逆らって手こずらせやがるんで」
「ふん、そうか」

 妖怪は倒れている相手の髪をつかんで乱暴に顔を引き起こした。虜は目を閉じたまま反応らしい反応も見せぬ。

「なかなか意地が強そうな顔してるじゃねえか、気に入ったぜ。おい、俺が楽しんでる間、邪魔すんじゃねえぞ」

 仲間らがゲラゲラ笑う中を、頭だったらしい妖怪に岩屋の奥に引きずりこまれて、殺生丸の白い体は自分の毛皮ごとその上に投げ出された。そこはこの頭目の居場所らしく、岩やのひどいところだったが、一応ムシロを垂らして仕切られ、床には粗末なワラの敷物もしかれていた。

「ったく、無粋なもんつけやがって、きれいなお顔が台無しだぜ」

 妖怪はにやにや笑いを浮かべながら、虜囚の頭を抱え起こして、口にかけられた猿ぐつわをはずしてやった。苦しかった息が急に楽になり、殺生丸は顔を伏せて何度か咳きこんだ。突然妖怪の手が伸びて、そのあごをぐっとつかんだ。

「う・・・」
「へーえ、こいつはおどろいた、鄙には稀な美形じゃねえか。よくもこんなのが縛妖索にひっかかったりしたもんだ」

 まるで網にかかった小鳥を見るように、満足そうに妖怪はつぶやいた。殺生丸はまた咳きこんだ。妖力がないというのはこんなにも不自由なものなのか、これほど体が重く感じられるのは生まれて初めてであった。

 妖怪が自分のあごをつかんだまま、何か云っているのが聞こえたが、何をさせようとしているのか、頭がぐらぐらするような感じがしてよく聞き取れなかった。妖力を失った慣れない状態の上にあまりに極端な滅茶苦茶な仕打ちに続けざまにさらされていたので、混乱と疲労の極で思考はほとんど麻痺しかけていた。金色の目こそ開いていたが、もうその目も焦点をあわせることもできず、周囲はうわぐすりがかかったようにぼんやりとしか見えなかった。あまりに無残にひきずりまわされて、虜囚の心も体もほとんど失神寸前まできていたのだが、妖怪はそんなことには一向に気づかないようであった。

「チビの舌を噛み切ったんだってな」

 なおもあごをつかんで顔をのぞきこんだまま、妖怪は言った。殺生丸はなんとか意識を保とうとし続けたが、無理に引きずり起こされている姿勢はひどくつらく、ふりほどくことはおろか、もう手をあげる力もなかった。

苦しそうに肩で息をあえがせている虜囚の姿が、いっそう興をそそったのに違いない。突然相手が自分の顔を下半身に近づけた。ひきずりよせられて虜囚がかすかにもがいたが妖怪はそんな抵抗には少しも頓着しなかった。

「どうだ」

 ぐいと白いあごを仰向かせて、妖怪は意地悪く言った。

「いっそこの牙へし折って、くわえさせてやろうか。そうすりゃ俺の大事な代物も咬みつかれずにすむってもんだしな」

 いっそうぐっと上を向けられ、その手が口のはしにかかったので、虜囚がとつぜんわずかな反応を見せて顔をそむけようとした。

「どうした、そういやがるなよ、大人しくしねえか、この野郎」
「よ・・・せ・・・」

 今しも牙の一方に指をかけられて、虜囚が初めて訴えるように指に手をかけてあえいだ。

「どうした、いやなのか。初めて言ったな。化け犬のお前にとっちゃ、牙を折られるほどな辱めはないもんな。牙を抜かれるのは嫌か。おとなしくいうこと聞いたほうがマシか、ええ」
「・・・・・っ」
「いい子にしてるなら、牙には手をかけねえでいてやるよ。その代わり」
「んっ」
「おとなしくくわえてみな・・・そうだ、可愛いぜ、その上品な口じゃあちょいとつらそうだがなぁ。おっと歯をたてるんじゃねえよ、生意気しやがるとほんとに両の牙へし折って有象無象の前に突き出してやるからな」
「ん・・・んんっ・・・・」

 くわえるというより、口の中に強引にねじこまれて、あえぐ殺生丸の髪が乱れて顔にかかる。目を閉じて仕打ちに喘ぐその顔は、いっそ怖いほどになまめかしく、扇情的な風情で心をそそった。

「どうしたい、つらいのか、生娘みたいな口元をしやがって、こんな色っぽいのは見たこともねえ。もっと口を開けな、そうだ、お前のほうからやってみろ、舐めてみろ、やらねえか、ええ」
「ん・・・ぐ・・・・」

 今にも吐きそうになるのを無理やりに押し戻して、妖怪はにやついた。とそこで、いきなり虜が身もだえして髪を振り乱して顔をそらそうとしたので彼は仰天して体を起こした。

 

 




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