名前を持たないことについて


縛妖索に出てくる妖怪って、名前はないの?どうして出てくる他のキャラに名前がないの?というご質問がまいりました。いやこれはなかなか、鋭いご指摘で(笑)

 たしかに鬼とか祭主とか、一族の妖怪とか、妖忍とか出しておりますが、いずれも名無しのゴンベです。

 登場人物に名前をつけますと、そのキャラに個性が発生いたします。もっといえば、兄上や犬夜叉といった本物のキャラと対等の立場に立たせることになります。それでなくてさえ人物の書き分けは結構難しいことでして、名前を与えて存在感を持たせると、本来の登場人物の存在感が減じてしまう。殺生丸、犬夜叉、父上、弥勒、といった存在、その行動や心理を短い(笑)お話中にくっきり浮き上がらせるために、他の登場人物は、その他の大勢のこういう役柄を持った一人、という風に肩書きだけを書いて個性を与えないようにしている、というのが第一の理由です。必要な役柄だけを演じてもらう、祭主なら祭主らしい行為を、妖忍なら妖忍らしい行動をとってもらうだけです。漠然と姿かたちを描写したりはしますが、しかし話の中に確固とした人格を持ったキャラクターとしておくことはしない。鬼なら鬼とだけ書いて、そのイメージは読み手の方に勝手に想像してもらうわけですね。

名前というものには不思議な力がありまして、よく言霊なんていいますが、たかだか漢字を二、三文字並べただけのものに、不思議なイメージ喚起力というものが存在する。名を与えてしまうとその名前の文字そのものと、名前を持つ、というそのこと自体が、この登場する人物の存在感をまったく変えてしまう、という気がするのです。

どういう名前でも、その名前、漢字やひらがなから連想させる印象というものが必ず出てきます。自分で作った登場人物では、これを読み手と共有するのは大変難しい。

うちのお話では兄上の個性をあまり細かく描写はしませんが、それはあらかじめ前提として殺生丸=超美形・最強・クール・長身白皙・負けず嫌い・誇りたかい、といったことが読み手の皆様と共有されているからでして、自分の作った登場人物では、この共有できる背景がない。にもかかわらずつけた名前とそのイメージを読み手にこの名前で受け入れろ、と強制しなくてはならない。完全にオリジナルな普通の小説ではそれでいいわけですが、二次小説ではこれをやるのは非常に難しい。読み手は基本的に元のお話に出てくる登場人物のことを読みたいわけで、書き手が創作した人物を受け入れようという心構えを持って読みに来るわけではないからです。

この点を逆手にとって作られたのがいわゆるドリーム小説だと思います。個々の読み手が個々の好みの名前をつけることで、登場人物の個性を読み手が参加して決めることができる、非常にユニークで鋭い企画で、誰が考えついたのか存じませんが、人気があるのもむべなるかなです。

そういうわけで、名前を与えたオリキャラを登場させる前提は、この読者と共有していない登場人物の個性や背景を自然になめらかに描き、読者にいかに自然に受け入れてもらえるように書けるか、にかかっています。二次小説の中ではこれはかなりの上級編、相当のスキルと筆力を必要とする技で、上手に書いているサイトさんを見るとさすが!、と思うものの、私にはどうしても手に余るのでありますが、そうはいってもうちのお話でも関係上どうしても物語外の人物にご登場いただかなくてはならない。兄上たちとあまり細かくからまない点景としての登場、一族の有象無象とかならいいですが、縛妖索では非常に親密に(笑)からんでまいりますから、冒頭のようなご質問が発生するわけですなー。

 このお話で敢えて名前を与えないもう一つの理由、実はそれは身分の違い、お話の中における格の違いを明確にあらわすためなんですねー。

 物語でもたとえば犬夜叉のことを名前を呼ばず、半妖と呼ぶ、あるいはかごめのことを女、と呼ぶ。相手の名前を知ろうとせず、あえて個性を無視した呼び方をすることで相手を格下に見ることになる。

 同様に縛妖索でも妖怪はあくまでただの妖怪、です。名前を持たないために、どんなにがんばっても(何を^^;)名もなく田舎者の下っ端の雑魚妖怪のかしらに過ぎないという位置づけが明確になり、殺生丸と比してあくまで格下、という存在であることを暗示するのでして、この点を明確にしているから、兄上との関係が上淫(んま。知らない方は辞書をひいてね)というムフフな色合いを強調できるのであります。

試しにこの妖怪にお好きな名前をつけて置き換えてみると、全然違う感じがするのがご理解いただけるかと思います。

 なんでこんなことをつらつら書くかといいますと、ご質問いただいたというのもありますが、私は同じ化け犬の一族でその昔父君に片思いした美女、というのを登場させようと思ったことがあります。で、途中まで書いたのですが、位置づけからいうとまあ兄弟の叔母みたいな感じですね。

 ちょい役ならいいですが、マジメに出演させようとすると、犬夜叉たちと同格になりますからこれはどうしたって呼び名が必要になってくる。

 叔母とか伯母ならまあそれでもいい、伯母君、とか叔母上、とか呼ばせていればいいですが、この場合はうまくいかない。肩書きというものがないわけです。こんなとき日本の古典というのは便利なものでして、この漠然と肩書きや名前のつかない高貴な女性に対する抽象的な呼び名、というのを実にたくさん持っている。

 女王、ひめみこ、と呼ぶんでしょうが、これなど一番古い形式の一つで使いまわしがきく感じ。大姫、大君、なんてのも上位の女性の呼び方ですね。一番上のお姫さんてな感じでしょうか。御方、御前、何々の前、なんてのもあります。いずれも女性を敬意を込めて呼ぶときに使われるものですが、この場合はどれを用いたらいいものやら、なかなか途方にくれます(笑)

 特に年上の女性を呼ぶ抽象的な呼び名、にぴったりくるものを考えるとこれは難しい。兄上が口に出して呼ぶことを考えたとき、ぴったり来る名前でなくてはならない。当然そのまま呼び捨てにして不自然でないものでなくてはならない。殺生丸さまは父上以外の誰にも敬称など付けないでしょう(爆)

かといって特定の名前をつけるのは前述の理由でもっと難しい。内輪ならただ、上、と呼ぶだけという手もあるわけですが、これではさすがに書きにくいし、はて。

 西国の化け犬一族の一人、という設定ですから、西の方、西の台、西の前、西の君、西の丸となると江戸時代ですから合わないか。

 なんてことをウダウダ考えているために、このお話は書きさしのままボツのフォルダに塩漬けになっているわけですが、なんぞいい呼び方、ないもんですかね。

 

 




トップ アイコン雑記つれづれヘもどる

トップ アイコントップページヘもどる