縛妖索 四章 (4)


 

(兄弟ってのは、本当はいつもこんなことしたりするもんなのかなあ。親父は殺生丸が小さい頃はこうして可愛がって舐めてやったりしたのかなあ・・・)

 ほてった肌の上を涼しい風が吹いていくのがここちよく感じられる。殺生丸は自分の唇をそっとなめ続けている。遠くぼんやりと思い浮かぶあれこれの想いを楽しみながら、犬夜叉は兄の愛撫に応えて、そっと自分も相手の唇に愛撫を返そうとした。
 しっとりと甘い兄の舌がとろけるように悩ましく敏感な舌先にふれる。ふれあう柔媚な唇からこぼれる吐息の何という悩ましさ、ふれあう舌先の熱さとなめらかさが、弟を恍惚とさせた。

犬夜叉はもう一度兄の肌のかぐわしい匂いを一杯に吸い込むと、ここちよい香りになかば陶酔したように目を閉じて相手の体を抱きしめた。殺生丸はその腕に素直に身をまかせたまま、なおも犬夜叉の口元をゆっくりと優しくなめ続けている。
 いつもは月のように遠く美しく近寄り難かった兄は、今だけは腕の中で犬夜叉一人のもの、かぎりなく優しく、かぎりなく静かな、たった一人の血のきずなだった。


          * * * * *


 それからどれだけたったのかわからなかった。ふと気が付くと愛撫は止まっており、ひんやりした相手の頬に自分が顔を押しつけているのが感じられた。犬夜叉はまばたきして少し頭を動かしてあたりの匂いをうかがい、それから自分の様子をかえりみた。自分は兄の体の上に半分のしかかったまま、眠ってしまったらしかった。雪のように白い毛皮の上に顔を傾けて、殺生丸は優しい愛撫に疲れてそのまま寝入ってしまったのだろう。半ば開いた唇からかすかな寝息が聞こえた。

(眠ってる)

 犬夜叉は安堵の吐息を洩らした。よかった、やっと眠れたのか。

多分、何日かぶりの眠りなのだろう。少なくとも悪夢を見ているようではなかった。してみると自分の荒療治はたしかに効果があったのだ。

(殺生丸)

 いつもの姿が強力で手ごわくあるほど、こうして見る素顔はいっそうもろくはかなく思われた。眠る姿を照らす月影は殺生丸の繊細なととのった輪郭をくっきりと浮かび上がらせる。ほっそりした鼻梁、ひきしまった美しいあごの線、頬に翳を落とす濃いまつ毛。乱れた着物を直して犬夜叉は起こさないよう、そっと兄を抱き上げた。柔らかな毛皮が右肩からふわりとこぼれおち、その頭は流れる髪の重さにもえ耐えぬように、かよわく抱かれたふところにもたれかかる。眠っている口もとはかすかな微笑を浮かべていたが、その唇は血の気もなく渇いて白っぽい紫色をおびていた。

 荒療治がどれほど殺生丸の心に効いたにせよ、殺生丸の体のほうはもう限界近くまで酷使されつくしていることは明らかであった。疲労はもはや痛みもだるさも突き抜けて、若い体から最後の力の一滴まで絞りつくしていた。

「・・・犬夜叉?」

 立ち上がろうとしたとき、ひくいささやきが聞こえた。

「起きちまったのか、いいから寝てな」

「・・・・・・・・」

「大丈夫か、抱いてても」

「・・・・」

 いかに殺生丸が強情我慢で弱音を吐かぬにしても、限界というものがある。もう少しここでゆっくりさせてやりたかったが、さしもの犬夜叉もこのままうかうかと時を過ごすのはあまりに危険すぎると思った。一刻も早く父の墓へたどりつかねば取り返しのつかないことになるかもしれない。

 また殺生丸がいやがって腕から逃げるようなことがあるとまずいと思ったが、兄はもう体を固くしたりはせず、その腕に身をゆだねてじっとしていた。犬夜叉は吐息をついた。ともかくもこの純粋種の妖怪である兄の自制心の強さにはほとほと感じ入るほかなかった。

「日が暮れる前に門につくぞ。雲母、急げ」

犬夜叉は云って立ち上がった。

 



 


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