「何だ、その、縛妖索てのは」
「妖怪をとらえて悪夢を見せるという妖しの綱じゃ。はるか古えより天界に伝わるものにて、本来は天将が妖怪をとらえるのに使われていたが、いつしか天を逃れてこの地上にさまよい住み着くようになったという」
冥加は恐ろしそうに云った。
「縛妖索は妖怪にとってはまさしく災いそのものじゃ。避けることもよけることもできん。何百年かに一度、突然地上に現れて、たまたまその場にいあわせた妖怪をとらえてしまう。そうなったらたいていの妖怪はおしまいじゃ。捕らえられた妖怪は、妖力を吸い取られて身動きもならず、恐ろしい苦痛と悪夢の中で狂い死にしていくことになる」
「・・・・切る方法はねえのか、おいっ!」
「あ、あ、ありますじゃ」
犬夜叉に猛烈な勢いでくってかかられて、冥加はしどろもどろに云った。
「早く教えろ、早くっ」
「おい、冥加、縛妖索を切るなんて方法がほんとにあるのかー?」
半信半疑の刀々斎が口をはさんだが、冥加はきっぱりと云った。
「ある。聖別された霊力のある刀で切るんじゃ」
「霊力のある刀?」
「そうじゃ。刀々斎、この近くにどこか古くて格式の高い神社はないか。古代からの霊刀を神器に納めて祭っているよう所は」
「神社ぁ?」
うろんそうに焦げたヒゲの先をしごきながら、刀々斎は少し首をかしげてから云った。
「んー、そうさなあ、こっから西に数百里ばかし行ったとこに、それらしいのがあると聞いたことはあるが・・・」
「それじゃ!犬夜叉さま、すぐ行ってそれを取ってきなされ」
「おいおい冥加、そう簡単に言うが」
「そいつがあれば、その縛妖索ってのは間違いなく切れるんだな」
勢い込んでいう犬夜叉を、刀々斎は眉をしかめて気がかりそうに見やった。
「気をつけていけ、犬夜叉、どういうたぐいの神社に納められとるか知らんが、霊刀と名の付くからには、妖怪にはなかなか触れられるものではないぞ。うかつにさわるとどういうことになるかわからんが」
「気にすんな、おれは半妖だぜ」
一刻も時間を無駄にするのが惜しいと言いたげに、犬夜叉は鉄砕牙をひっつかんで立ち上がった。横になっている兄の姿へちらと目をやる。
「しばらく預けるぜ、刀々斎。すぐ戻る」
飛び出していってしまった犬夜叉の背を見送って、刀々斎は冥加と目を見合わせた。
「なんということじゃ、よりにもよって、殺生丸さまが、縛妖索にかかるとは・・・」
「うーん、わしには何がなんだか、さっぱり・・・・」
二人は横たわった犬夜叉の兄の姿を見たが、その毛皮にはわずかの血がついているのみで、何が起こったともしれなかった。二人はまた顔を見合わせた。
* * * * * * *
二人がまったく驚いたことに、半刻もしないうちに、犬夜叉は霊刀を持って戻ってきた。
「冥加ッ、これか」
「おお、犬夜叉さま、ご無事じゃったか。手に入れられましたか、いや、これはよかった、幸運じゃった」
犬夜叉はぐずぐずしなかった。
「待ってろ、すぐ楽にしてやる」
殺生丸の腕にからみつく綱を引き出して、手にした霊刀を一閃するや、縛妖索はあっさり真ん中から二つに切れてするりとほどけた。みなの見ている前で、妖しの索は端からホロホロと砂金のように溶けくずれて消えてゆき、後にはただ手首とうなじに食い込んだ痣だけが残った。
「・・・なんだ―――消えちまった」
霊刀を取り落として、犬夜叉はつぶやいた。
「大丈夫じゃ。これでもうしばらくは出てこんじゃろう」
冥加がホッとしたように肩を落として云った。
「縛妖索は同じ相手は二度と襲わんと聞いておる。次にあらわれるのは数百年ばかりのちのことじゃ。ともかく殺生丸さまの御身はこれで大丈夫じゃろう」
「・・犬夜叉、お前、手ぇ大丈夫か。煙が出てるじゃねえか」
刀々斎が見とがめて心配そうに訊いた。犬夜叉は目もくれなかった。
「たいしたことじゃねえ、ちょっと火ぶくれができたくらいのもんだ」
「半妖とはいえ、霊刀をふるうのは骨だったろうが、ちょいと見せてみい」
「いらねえよ。俺のことなんざどうでもいい、それよりこいつのほうだ。殺生丸、大丈夫か、殺生丸」
皆がのぞきこむ前で、白い手首と頬に、本来の薄紅色の妖力の印が徐々に浮かび上がってくる。殺生丸がわずかに呻いて身動きし、重いまぶたを持ち上げようとするのが見えた。
「おお、殺生丸さま、お気がつかれたか」
「殺生丸、おいっ、しっかりしろ」
いったん焦点をあわせかけた金色の目がまた光を失って、銀色の頭がぐらりと横へかしいだ。
「殺生丸ッ」
狼狽した犬夜叉がその肩を抱き上げようとする。刀々斎があわてて止めた。
「気を失っただけじゃろ、そう乱暴に動かさねえほうがいい」
「・・・ひでえ熱だ」
止める言葉など耳にもいれず、兄の体を抱いたまま茫然と犬夜叉はつぶやいた。
「なに、どれどれ―――うーむ、これは」
冥加もその体に触れて首をふった。熱っぽいなどというものではなかった。意識を失った殺生丸の蒼白いひたいはまるで燃える燠火のような熱さであった。